野獣は時に優しく牙を剥く

 それはそうか。
 そういう心配をする世界なんだ。
 繁栄をもたらす娘だと知られれば邪魔者だと敵視され兼ねない世界。

 印のことが口外されれば、それを利用して悪巧みを考える者も出てくるかもしれない。

 その印の確認を任されるだなんて、大変な重役を任されてしまった。
 にわかに緊張して、両手を握り締めた。

 谷はテーブルに置き去りだった筆箱を手にすると澪へと差し出す。

「印はこの家紋と同じもののはずだ。
 確認、よろしく頼むよ。」

 唇を固く引き結んで小さく頷いた。

 自分には忌々しかった赤い痣。
 けれど彼女にとっては喜ばしい印。

 その印を見れば自ずと答えは分かる。
 その印が確かにあったと澪へ確認させる谷の真意は、全てを澪へ分からせる為なんじゃないだろうか。

 澪が谷へ印があったことを報告すればお互いに納得して今までの関係に戻れると。
 恋人になろうだとか、婚約者だとか、所詮は夢物語だったのだから。

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