野獣は時に優しく牙を剥く

「ま、待ってください。
 こんな大切なもの受け取れません。」

「でもこれがないと部屋で軟禁になっちゃうよ?
 自宅で料理もしないから何もないし。」

 そうだとしても受け取れない。
 紛失でもしたら大ごとだ。

「お昼のお弁当もありますから。」

 そう言って頑なに押し返す。

 こちらはずっと真剣そのものであるのに、谷はどう見ても楽しそうで腹立たしさを感じ始めた。

「ハハッ。うっかりしてるのは素なのかな。
 手ぶらでついてきたと思うんだけど。」

 ハッとして押し返していた手の力を緩めると自分自身を顧みる。
 彼についてくるように言われた時は外に出るとまでは予想していなくて荷物は全て会社に置いたままだ。

 恥ずかしさと、どう考えてもからかわれているこの状況につい語尾が強くなる。

「1日くらい食べなくても平気です。」

「頑固者だな。
 分かった。下で岩崎さんに頼んでおくからお昼に受け取って。」

「岩崎さん……。」

「コンシェルジュの人ね。
 あの人なら玄関先までは来れるからクリーニングに出す物も頼むといい。」

「はい。」

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