野獣は時に優しく牙を剥く

「龍之介や、虎之介もだろうが、何か誤解しているようだ。」

 厳かな声を聞いて我に返った澪は「え?」と獅子之介を凝視した。

「谷の家を出て龍之介は自分の会社を興した。
 私の権力が及ばないところで生きているだけで、谷を捨てたわけじゃない。
 現に谷を名乗っている。」

 獅子之介が何を言いたいのか分からなくて次の言葉を待った。

「つまり龍之介が谷を名乗っている以上、澪さんが龍之介の伴侶になれば谷家の繁栄に繋がる。」

「えっと、それは、つまり……。」

 獅子之介は龍之介を思わせる大らかな声色で続けた。

「澪さんとの結婚、大いに大歓迎。」

「それじゃ……。」

「結婚して龍之介のことを末永く頼むよ。」

 鋭いと思っていた眼光はにっこりと微笑まれると柔らかく温厚なおじいちゃんそのものだった。

「ありがとうございます。」

「おやおや。泣かなくてもいいだろうに。」

 緊張の糸が緩んで、流れてしまった涙をそっと拭う。

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