野獣は時に優しく牙を剥く

「送って行こう。」

 そう言われて彼の高級車に乗せられた。
 静かな車内は音楽さえもかかっておらず、どことなく気まずい。

「悪いね。考え事をするのに音楽は邪魔になるから。
 女性を乗せるのならムードが出る曲か何かをかけるべきだよね。」

 彼の軽口に何を答えても間違っているような気がして、黙っているしかなかった。
 それでも彼はめげずに話しかけてくる。

「確か相川さんはご家族と住んでいるね?」

「え、あ、はい。」

 突然の真面目モードに面食らい、吃りつつも返事をした。

 就職するにあたり家族構成を履歴書か何かに書いた覚えがある。
 谷が知っていても不思議じゃない。

「大事な娘さんを数時間お預かりするんだ。
 ご挨拶、させてもらえるかな?」

 思わぬ申し出に驚いて彼へ質問を向ける。

「挨拶なんて必要ないです。
 それに、その、私は掃除係に合格したってことでしょうか。」

「あぁ、それはもちろん。」

 まずは掃除が合格していたことに安堵する。
 しかし続けられた谷の言葉に驚いて彼の顔をまじまじと見つめてしまった。
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