野獣は時に優しく牙を剥く

 自分の知るいつもの彼じゃないことに怯みながらも、つかまれている腕を振りほどいた。

 振り向いて向かい合うと澪の前には長身の男。
 谷龍之介(たにりゅうたろう)がいた。

「相川さんが行こうとした先に何があるか分かってるの?」

 至極当然のように口にされる説教や道徳観に倫理観。
 それらはどれも今の澪に響かない。

「子どもじゃないので、それくらい分かってます。
 我が社では副業は禁止されていません。」

 澪を止めた谷は澪が働く職場の上司。
 上司……というよりも会社のトップだ。

 恐れ多くも雇用主に牙を剥く。

「放っておいてください。」

 キッと睨みつけると谷は肩を竦めた。

「放っておけないよ。」

「谷さんに何が分かるんですか。」

 澪の言い放った言葉を受けて傷ついた顔をする谷に胸の奥が微かに痛む。

< 4 / 233 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop