野獣は時に優しく牙を剥く
執務室から慌ただしく出て行く谷を盗み見る。
彼の右腕である前園と議論を交わしながら歩いて行く姿はCEOというよりも営業のエースという位置付けの方が合っている。
澪のイメージではCEOや社長は執務室で椅子に座って書類に最終決定のサインだけする、、とにかく今の谷とは違うイメージだ。
そして会社のトップにしては絶対的に若い。
どちらかといえば谷よりも年上で恰幅のいい前園の方が社長らしい風格があった。
谷がすごい人だと忘れそうになるのは、何も彼が若いせいだけでも、実務を率先してやっているせいだけでもない。
『谷社長』や『谷CEO』と役職で呼ばれるのが嫌だからという理由でどんな偉い人だろうと社内の人間同士は名字にさん付けが通例だ。
若いからこそなのか、小さい会社だからなのか。
トップだろうと誰だろうとみんな気さくで垣根を感じない。
澪を始め、ここで働いている人はみんなそんな彼だからこそついていきたいと思っている人ばかりだと思う。
ただ、フランクで親しみやすい彼につい忘れてしまう。
彼がただのイケメンで若いだけの人じゃないということを。