野獣は時に優しく牙を剥く

5.忘れかけていた夢

　恐れ多いと恐縮しながらも再び谷の自宅へと足を運んだ。
　コンシェルジュの岩崎にも伝えてあったようでエントランスホールで丁重な挨拶を受けた。

「おかえりなさいませ」と丁寧にお辞儀をされても顔が引きつってしまう自分は根っからの庶民派なんだなぁと苦笑する。

　最上階の５５階に着き、ドアの前で深呼吸する。
　昨日に今日でどれだけ元の木阿弥になっているのか、変な緊張感を持ってドアを押した。

　部屋はさほど汚くはなっていなかった。
　そもそも昨日、寝に帰った程度のはずた。

　それでも脱いだままになっているパジャマらしき服を拾い集める。
　テーブルの上には飲んだままのコップ。

　食事は外で済ますのか、コンビニなどの食べた後の容器が散乱していないのは昨日片付けていても救われる思いがした。

　腐敗したゴミを掃除するのはさすがにげんなりしてしまう。

　きっと彼は忙し過ぎるのだろう。

　それなのに私の救済を申し出て……。
　負担にならないようにせめて誠心誠意働かなければ。

　彼への反抗的な気持ちもここに来て少しずつ薄らいでいた。