野獣は時に優しく牙を剥く
玄関の音を聞いて胸が飛び跳ねる。
帰ってくる前に帰った方が良かったのか、考えあぐねているうちに帰って来てしまった。
どう出迎えるべきなのか、コンシェルジュの岩崎のように深々とお辞儀をして「おかえりなさいませ」と言うべきか。
あわあわしているうちに谷がリビングの扉を開いて満面の笑みをこぼした。
「ただいま。
すごくいいにおい。」
彼の柔らかい笑顔を見て少しばかり緊張が解ける。
「あ、はい。
お口に合うか分からないですが、作ったものを持ってきました。」
人のキッチンを借りるのも気が引けるし、自分も家族の夕食を用意するついでに全部を済ませてしまいたくて一旦自分の家で夕食を作ってからこちらに来たのだ。
差し出がましい気もしたけれど、洗濯だけで喜んでもらえた谷にもっと家庭的なことをしてあげたくなった。
それは単純に温かい家庭への憧れがあると言っていた谷にほだされてしまったのかもしれない。
彼にとって全てが演技で全てが嘘の可能性だってあるのに、どうしてかそうしてあげたくなった。
現に今の谷は本当に嬉しそうな表情でこの瞬間の彼を疑いたくない自分がいた。