野獣は時に優しく牙を剥く

「最初は差し伸べた手を頑なに振りほどかんばかりの態度だったのに、ずいぶん譲歩してくれたんだね。」

 嫌味も含まれているはずなのに、どうしてか谷は嬉しそうだ。

「それについては後からみっちり詰問させていただきます。」

 厳しい目を向けると谷は肩を竦めて戯けてみせた。

「おぉ怖っ。
 これは覚悟しておかないとね。」

 戯けつつも手を伸ばしてつまみ食いを目論む谷に注意する。

「つまみ食いしなくてもすぐ食べれるんですから着替えて手を洗ってきてください。」

「ハハッ。
 本当に絵に描いたお母さんのようだね。」

 叱られているのにどこか嬉しそうな彼に、やっぱり複雑な家庭環境だったのかなぁと勝手な想像が脳裏に過ぎる。

 だから助けてくれたのかな。
 自分と似た境遇だと思って。
 そうだとしたら彼の理解できない行動も多少は分かる気がした。

 だからと言って行き過ぎている言動の数々には彼を問いたださなければいけないけれど。

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