野獣は時に優しく牙を剥く

「そうそう。前のお弁当も美味しかったよ。
 今日、食べずに帰ってきてと連絡をもらって実は期待してた。」

 荷物をごそごそと漁って「遅くなってごめんね」とお弁当箱を手渡された。
 本当に代わりに食べたとは思ってもみなくて急に恥ずかしくなる。

 昨日は怒涛の出来事があって谷が持ってきてくれた自分の荷物の中にお弁当バッグがないことを疑問に思う暇もなかった。
 今の今までお弁当のことなんて忘れていたのに……。

「とにかく早く着替えて来てください!
 夕食じゃなくて夜食になっちゃいます。」

 面と向かって褒められるとくすぐったくて彼を急かして誤魔化した。
 実際に今は10時を過ぎていて夕食には遅過ぎるくらいだ。

 リビングを出て行く彼の背中を見送ってホッと息を吐く。

 彼へ感謝こそすれ、恨めしく思う必要はないのだと当たり前の感情があるからといって。
 態度を軟化させ過ぎただろうか。

 彼に必要以上、甘えていいわけないのに。
 彼と自分とでは住む世界が違うのだから。

 それに。
 自分は幸せになってはいけない運命の下に生きているのだから。

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