野獣は時に優しく牙を剥く

 黙り込んでしまった澪に谷は諭すように言葉をかける。

「君は1人じゃない。
 頼めば手を差し伸べてくれる人はいるんだよ。
 おじいちゃんだって喜んで協力してくれるし、僕だって喜んで助ける。
 だから自分1人でどうにかしようと思わないで。」

 自分1人でどうにかしない……。

 それを分からせる為だけに、あの大芝居を打ったというの?

「分かってくれたかな。
 もし分かってくれたのなら、まだ僕に話さなきゃいけないことが2、3あるはずだね。」

 澪を覗き込むようにして言う谷へハッキリと異を唱えた。

「谷さんに話すことはありません。」

 眉をピクリと上げた谷はにっこりと微笑んだ。
 それは口角だけ上げた完全なる作り笑い。

「いいや。あるはずだ。
 返済目処を立てても今以上に働かなくちゃいけない理由とか、大学へ行くのをやめた本当の理由。
 あとは、、僕に会わせてくれない大切な人のこととか。」

 目を見張って彼を見ても飄々とした笑顔を貼り付かせているだけ。
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