野獣は時に優しく牙を剥く
準備を済ませ玄関へと向かう谷の背中に言葉を投げた。
「最後にもう1つだけ……。」
「ん?」
首をひねって顔だけをこちらへ向けた彼の目を見ることが出来なくて床を見つめて続きを口にした。
「どうして教師になりたかった私を採用したんですか?」
羽織ったコートをはためかせ体ごと振り返った谷は楽しそうに言った。
「それは自分で考えなさい。」
頭に手を置かれ、指が髪にするりと滑らされた。
ただそれだけの行為に背すじに甘い痺れが走る。
何、今の……。
ひとすじの髪を指に絡めたままの谷は呟くように言った。
「考えて頭の中が僕でいっぱいになればいい。」
思わず後退りして咄嗟に口から「嫌です」と強い否定の言葉が出た。
「フッ。ハハッ。嫌かぁ。
それは嫌われちゃったね。」
彼の手からこぼれ落ちた髪の毛が澪の頬へと舞い戻る。
自分の髪なのに、触れた先から熱を帯びる。
髪が離れた手のひらが頬へと伸ばされそうな気配を感じて体を縮こませた。
伸ばされそうに思えた手のひらは思い直したのか空をつかみ力なくおろされた。
「ほら。遅くなる。行こう。」