野獣は時に優しく牙を剥く
「明日、相川さんのご自宅にお邪魔したいんだけどいいかな?」
「はい?」
会社で話すのには有り得ないほど場違いな話。
彼はその辺りの分別がつく人だと思っていたのに。
「相川さんのおじいちゃん。
次のターゲット層にバッチリ当てはまるから意見を聞かせてもらいたい。」
辛うじて仕事の話ではあったようだ。
それでもこれ以上、私生活に踏み込んで欲しくなかった。
断ろうと覚悟を決めた澪を遮るように谷が付け加えた。
「これも仕事だ。
それとも断らなきゃいけない何か理由でも?」
「それは……。」
「もっと言えば、嫌ならおじいちゃんに俺が言ったことは嘘なんだって言えばいい。」
試すような口調で俺と言う谷から一歩後退る。
瞳の奥には狡猾な野獣の瞬きを感じる。
巧妙に何について嘘なのかは隠されていて、その周到さが逆に怖ろしい。
「嘘って言えたらどれだけ楽か……。」
ぼやいた言葉は谷を喜ばせるのには十分過ぎたようで片方だけ口の端が上がったのを見て澪は顔を引きつらせた。