野獣は時に優しく牙を剥く

 マンションで谷を待つ間、帰り道の図書館で借りた『幸福な王子』という絵本を開いた。

 いや、本当は今日も家政婦役の役割が済めば帰るつもりだった。
 それが谷に会って直接、明日のことを聞きたいと思ってとどまることにしたのだ。

 童話の幸福な王子は澪がイメージしたものとは少し異なっていた。
 ただ前園が言った比喩なのだけど、どうしてか心配になって彼を待ちたいと思わせた。

 童話の内容は昔、子どもの頃に読んだことのあるお話の中の一つだった。

 宝石や金箔で彩られた王子の像。
 たまたま足元で休んでいたツバメに頼んで貧しい人に自分の宝石や金箔さえも分け与えてしまう。

 その姿は自分が谷に助けられた様と重なったのだ。

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