野獣は時に優しく牙を剥く

「ハハッ。
 ここで目をつぶってはダメじゃないかな。」

 笑いながら手を離した谷は体を起き上がらせてベッドから出て行くようだ。
 隣から離れて行くぬくもりをどうしてか寂しいと思った。

 ベッドの端に腰掛けた谷が思い出したように口を開いた。

「この絵本……。」

「え?」

 谷の視線を辿るとベッドの脇にある小さなナイトテーブルの上に澪が借りて来た絵本が置いてあった。
 
「残念ながら僕は博愛主義者ではないよ。
 もっと自己中心的で、人のことだけを考えられるほどお人好しでもない。」

 いたずらっぽい顔を向けて「夢を壊したのならごめんね」と謝られた。

 昨日の澪の寝ぼけて言った一言から幸福な王子と谷を重ねて見ていたことに気づいたみたいだ。

「そうですか。なら良かったです。」

「良かった……のかい?
 澪は変わってるね。」

 体をひねってこちらへ顔を向けた谷が微笑んだ。
 どうしてか、とても嬉しそうに見えた。

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