夏は短し、恋せよ乙女


女子高校生がこんな話をしているなか、男子たちは密かにざわついていた。

「昨日見たやつがいるんだって!」「あの夏目梨々花の腕をつかんだ男が?」
「梨々花ちゃんと話してる男なんてみたことないけどな…」「うらやましい。もしかし彼氏かな?」「いや…まさかな~。」


学校中の男性は朝からこの話でもちきりであった。
「おい、幸太郎。お前ちょっとこっちにこい!!」
机で伏せて寝ていたとある男子高校生は、幼馴染にたたき起こされ、人気の気のない階段へと呼び出されていた。

「あんまり引っ張るなよ。」
「お前、どういうつもりだよ!」

「いきなり挨拶もなくなんだよ?主語がねぇし、意味が分からない。」


「夏目梨々花!!!」

なつめりりか?誰だそれ。
「おい、言いたいことがあるならはっきり言えってば。」
「俺、見たんだからな!お前があの夏目梨々花とベンチに座っているところを!!」

…?
「いやいやいや、なにとぼけてるんだよ!!昨日の帰りだよ!か・え・り!!」

昨日の帰り…なにかあったか?

「17時半ごろ!!駅のホーム!!」

駅のホーム…あ~
興味が無いせいですっかり忘れていたが。
「そういえば…したな。人助け。」

柄にもなく行った人助け。
相手の名前も顔も知らない。そういえば、同じ学校の制服着ていた気がするな。

「その相手が問題なんだよ!」
「知らない女だったな。」


「幸太郎、お前…それでも男かよ。いいか、お前が助けたその女は夏目梨々花だ。この学校で1・2を争うであろう美少女だ。噂では、親は社長でお金持ちだし。いわゆる高値の花だ。」

そしてなにより、男が嫌い。

幼馴染の亮(りょう)によると男と話している姿などは見たことないほどと。

「そんな高値の花が男と話している姿が昨日目撃されてだ。学校中は大騒ぎだぞ。」

俺にとっては別にどうでもいい話だった。
「心底興味が無いね。」

「あ~お前はそういう男だったな。」

生まれてこの方女なんて興味のかけらもなく高校生にまでなった。

「俺は、悲しいよ。こんな幼馴染をもって。」


“ザワザワ”

「今日の梨々花ちゃんもかわいい!」「目の保養だ~~」
「麗ちゃんと歩いてる!!」「今、こっち見たよな!!」

女子・男子ともに廊下で盛り上がっており、ちらっとそちらへ目を向けた。

「おおお!噂をすれば!!今日もかわいいね~~あの二人!梨々花ちゃんと麗ちゃんだぜ。遠くから見ていてもオーラが違うよな。」

俺にはよくわかんないけど…


「まぁ、昨日よりは顔色はいいんじゃね。」

「ん?なんかいったか?」

「なんでもねぇよ。それよりそろそろ教室に戻るぞ。」



「梨々花ちゃん?どこ見てるの?」

はっ。

「いたのよ。昨日の男。」

「え!!どこどこ?!」

「遠くにいただけよ。もうどこかへ消えたわ。」
正面を向きなおし不機嫌に歩行の速度を速める。

「なんだ~昨日梨々花ちゃんのことで一杯いっぱいだったから顔をよく見てなかったのに~。」
「別にみるだけ無駄よ。あんな無礼者。」

「運命かもなのに~。」

普段は通らない道を通ったせいか、見たくもないやつを見てしまうし。
今日も災難な日かもしれないわね…。


それにしてもあの男、梨々花を目の前にしてなにも感じないのかしら。
あんな不愛想に睨み付けてきて。


男性に睨まれたことなんて人生の中でなかった彼女にとっては初めての経験であった。
周りは相変わらずザワザワと盛り上がっていたが、彼女の表情は氷よりも冷たかった。

(なんで梨々花がこんな気持ちにならなくちゃいけないのよ。梨々花よ、可愛い梨々花なのに。)

イライラと過ごした授業はとても早く感じ、気が付けばお昼休みとなっていた。

「梨々花ちゃん!今日のお昼はどこで食べる?」

「午前中があっという間だったせいで全然お腹が空いてないのよね。」

「なんかずっと難しい顔していたもんね。」
難しいというか…威圧的というか…不機嫌というか…

「じゃあ気分転換も含めていつものところ行っちゃお!」

「麗は遊びたいだけでしょ。」

ご機嫌斜めな梨々花の手を引き向かった先は
特別室3と書かれた部屋であった。


ガチャ


「今日は今はやりの恋愛漫画を持ってきたの~」

「あら。先約がいるみたいよ。」

いつもは熱い空気がこもっている教室だが今日はかすかに風が通っている。
そこには、窓へ手をかける2人がおりヒラヒラと手を振っている。

「久しいわね、麗に梨々花。」

「おおお!珍しく全員そろったな!」

そこで待っていたのは幼馴染の冬城華恋(ふゆきかれん)と千秋真琴(ちあきまこと)である。

「あっ!2人ともこっちにいたんだ!」

「私は今朝の飛行機で帰ってきていてね。時差ボケをしているみたいだから、すぐに帰るわ。」

華恋は世界を飛び回っており、あまり日本では会えない人物である。
今回はロンドンへ行っていた影響か、顔には疲労が表れていた。

「ロンドンって私はいったことないんだよね~いいな~いいな~」
英国紳士!と言わんばかりに目をキラキラさせる麗がいた。

「麗はまた本にはまっているのね。男性はたくさん見てきたけど…あまり違いはわからないわ。」

「本じゃなくて!ま・ん・が!」
プクッとほっぺたを膨らましている。

「梨々花は変わりないの?」

「えっ?!なによ急に…別に変わりないけど。」

「だって、会ってからずっと眉間にしわが寄ってるわよ。」

それは昨日からずっとであった。無意識に難しい顔へとなっていたらしく。
朝から友人たちには突っ込まれてばかりであった。

「たまには梨々花にだって悩みぐらいあるのよ。」

「悩み…それは恋しかない。」
麗の思考回路には今日一日でだいぶまいっていしまった。
ルンルンと楽しそうに話す麗を睨み付けたのであった。

「おおお、梨々花がものすごく睨み付けているぞ。これは俗にいう、図星とやらだな。」
「真琴…あんたまで梨々花にそんなこと言うの?!」

「恋なんてめでたいではないか!しかし風紀は乱すなよ!!
私は生徒会長としてそれは見逃せないからな!!」

千秋真琴は適当であるが生徒会長であり、風紀に対してはうるさいのよね…


「話が盛り上がってるところ申し訳ないけど、恋をするなら死んだほうがまし。」

なんか文句ある?


男と近づくなんて考えただけで、ぞわっとする。

「私はそろそろ家に帰るわ。」
凍り付いた空気を破ったのは、華恋であった。

「おお、私も生徒会室に戻るとするかな。」

時計を見るとすでに半分しか昼休みは残っていなかった。

「麗、早くご飯を食べないと。」

二人は弁当を広げた。

「あっ!今日ね駅前で買い物をしようと思ってるんだけど…」
梨々花ちゃんも一緒に来て!

お願いっ!と麗は上目遣いをした。

「え~あんな人込み行きたくない。なんで梨々花があんなところ行かなくちゃいけないのよ。」

「お願い。お願い。お願い!!」

「別に買い物なら執事さんにでも頼めばいいでしょ。」
「自分で見て決めたいの!!」

必死に頼まれた挙句、仕方がなく麗についていくことにした。

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