夏は短し、恋せよ乙女
下校途中に連れていかれたのは、駅前にある本屋さんであった。
「麗…まさか…」
「今日ね、新作の恋愛漫画の発売日なの!」
(しょうがなく来た用事が、恋愛漫画のためって。)
麗が漫画コーナーを隅から隅まで見ている間、梨々花は用もなくプラプラ歩いていた。
(本屋に来るなんて、何年ぶりかしら…なんだか)
久しぶりに来ると新鮮かも。
と思いながらいろんなコーナーを歩いていた。
歩いているうちに図鑑コーナーとなり目の前にあった、魚の図鑑を手に取ってペラペラとめくってみた。
「おねぇちゃんもお魚さんが好きなの?」
“ビクッ”
急に下から声がして思わず本を落としそうになった。
「え?あっ、魚?いや…あんまり生きている姿は見たことないわね。」
下には知らない女の子が立っており、目を丸くしていた。
「おねぇちゃん…泳いでるお魚さん見たことないの?」
「…そういわれると、無い。お皿の上でしか見たことないかな。」
「お皿の上…?じゃあさっちゃんね、今度お兄ちゃんと水族館いくの!おねぇちゃんも一緒に行こう!」
そして梨々花は小さな手に引っ張られていった。
「えっちょっと、どこにい…」「おにいちゃん!!いた!!!」
前をみると昨日の男、幸太郎が立っていた。
““ゲッ””
お互い明らかに嫌そうにしており、場の空気が一瞬止まった。
「あーえっと、ごめん。ほらっさちか、知らない人に迷惑をかけちゃダメだろ。ほら、謝るんだ。」
「さっちゃんね、おねぇちゃんと一緒に水族館に行くんだ~~!」
ねっ!
こういう時の小さい子の破壊力にはさすがに勝てないところがある。
キラキラと目を輝かせている小さい少女に梨々花は動けないでいた。
(ちょっと、なにこの状況…)
梨々花と幸太郎は凍り付きしばらく動けないでいた。
沈黙を破ったのは幸太郎であった。
「ほ、ほら、さちか!帰りにお菓子を買ってやるから!」
「やだ!!お母さんだって一緒に行けないじゃん!ヤダ!」
少女の声も少しずつ大きくなり、周囲の注目も集め始める。
「お母さん一緒にいけないの?」
急に言葉を発した梨々花に2人の視線が集まる。
「おかあさん…調子が悪くてね。一緒に行けないんだって。」
「おい、さちか!」
「私は別に、行ってもいいけど。」
…。
「おまえ…何言ってるの?!」
「同情で行ってあげてもいいわよって言ってるの!」
予想外の展開に全然ついていけない幸太郎と
目をキラキラさせてピョンピョンはねているさちか。
なぜそんなことを言ったのか自分でもわかっていない梨々花。
そして陰から一部始終をのぞき見していた麗がそこにはいたのであった。
「ねぇ。梨々花ちゃん?」
「…。」
「ねぇってば~」
「…。」
「梨々花ちゃん…水族館いくの?」
ビクッ
「な、なんの話よ。私がほんとにあんな庶民の行く場所に行くと思う?」
「じゃあさっきのは嘘ってこと?」
「…。麗あんたもしかして…全部聞いてたの?!」
だって…と唇を尖がらせている麗に向かって梨々花は冷たい視線を送るが
効果は無いらしく。
「梨々花ちゃんばっかりずるい。」
「昨日の借りを返すだけよ。」
「昨日の借りって、まさか昨日の男子高校生?!」
麗の目はキラキラと輝きを放っていた。
(借りは返さないとね。あんなやつに借りなんて作ってたまるものですか。)
幸太郎とさちかは明日の休みに水族館へ行くらしく、
さちかの願いをかなえるため、自分のプライドを守るために
行ったことのない水族館へ足を運ぶことを決意したのであった。
「ねぇ!梨々花ちゃん!何かあったら絶対に報告してね!」
「なにか?無礼者を蹴飛ばしたり、殴ることは避けるつもりよ。」
「それは…世間的にやめといてください…。」
しばらくしてお互いに迎えを呼び、それぞれの車へと乗りこんでいった。
「ねぇ、桐。あなたは水族館へいったことある?」
突然の主人の問いに、使い人である桐(きり)は驚いていた。
「梨々花様からそのような質問が出てくるとは思いませんでした。」
なにかあったのですか?
桐は心配そうにルームミラー越しに視線を送っている。
「ちょっとね。明日水族館とやらに行こうと思ってね。」
「明日ですか、ずいぶん急ですね。水族館は、魚が大きいな水槽で泳いでる感じですよ。」
「お皿に乗っている魚以外は別に興味ないんだけどね。」
「梨々花様…水族館でおいしそうは禁句ですよ。」
「!?失礼ね!そんな食いしん坊な発言しないわよ!」
「出過ぎた真似をしました。麗様達と行くのですか?」
「いやっ…麗じゃなくて」
“無礼者と小さなその子分と行くの”
桐は嬉しそうに微笑み、梨々花に優しい視線を送った。
「明日は駅の前で待ち合わせだから。間違えても後をつけてこないでよ。」
「かしこまりました。」
(そういえば…あいつの名前も連絡先もしっかり聞いてないけど…大丈夫だったのかしら…。)
本屋では、その後すぐに麗が登場し待ち合わせ場所と時間のみ伝えてすぐに帰ってきたのである。
(まぁ、なんとかなるわよね…。)
その後いくつか桐にアドバイスをもらい、気が付けば家へとついていた。
「今日はご飯はいらないわ。」
「梨々花様…それは健康に悪いですよ。」
「大丈夫よ、麗と少し食べてきたの。それに準備もあるから、忙しいのよ。」
「かしこまりました。」と桐は部屋へと向かう梨々花を見送った。
“ガチャッ”
この後、何時間か梨々花は携帯とにらめっこをしていたのであった。
外はとっくに暗くなっており、月がきれいに見えていた。
「水族館には、ラフな格好と…」
検索ワードは“水族館を楽しむには”
待ち合わせまで後12時間、梨々花は着々と支度を始めたのであった。
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