うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
***
放課後に入り、帰り支度をして教室を後にする。菜乃花のいない一人の帰宅に寂しさを抱きつつ廊下に出た時、背後から声をかけられた。
「みーつけた」
佳乃ではない生徒に向けたものだとしては、はっきりと聞こえる。その声量から佳乃に声をかけたのだろうか、と振り返った。
そこにいたのは会ったことのない男子生徒だった。ネクタイの色から判断するに三年生だろう。
名前わからぬこの男にあだ名をつけるとするならば、歩く校則違反である。派手というレベルを超えたピンク色に染まった髪。長い髪は耳にかきあげられ、その耳にごつごつとしたピアスがいくつも装着されている。明るすぎる髪やピアスは校則違反のはずだ。
違反してもあまり怒られない学校とはいえ、これはひどすぎるのではないか。佳乃は唖然として、彼を見上げた。
「三笠佳乃ちゃんだよね? はじめまして」
「だ、誰ですか?」
佳乃はこの男と会ったことがない。男の発言からも二人が初対面であることに間違いないのだが、なぜ佳乃の名前を知っているのだろう。怪しい校則違反男をじろりと睨みつけると、男はニコニコと笑った。
「オレは三年の浮島《うきしま》 紫音《しおん》。紫音先輩って気軽に呼んでね、佳・乃・ち・ゃ・ん」
浮島はそう言うと、佳乃の肩を掴んで引き寄せた。急なことに理解が追いつかず、されるがままに佳乃の体は浮島の胸元にぶつかる。
初対面の上にこの近距離ときたものだ。佳乃の頭は真っ白になっていたのだが、二人のやりとりを目撃した女子生徒たちの声で意識が戻っていく。
そうだった、ここは廊下だ。最悪なことに生徒が最も多く廊下に出てくる下校時間なのだ。通りすがる生徒たちが佳乃たちを見ている。変な噂を立てられては困ると、佳乃は浮島から離れようと試みた。
「離してください!」
「キミに話したいことがあるんだ、一緒にきてくれる?」
「嫌です!」
手をぶんぶんと振り回しながら拒否をする。話したいことがあるのなら普通に話せばいいのに、どうしてこんな抱き寄せられなきゃいけないのか。他の生徒に見られているのだと思えば羞恥心が生じるが、どれほど抵抗をしても浮島には届いていないようだった。
「ナンパ拒否なんて佳乃ちゃんキビシー。オレ、傷ついちゃった」
悲しげな声ではあるが浮島の表情は変わらない。佳乃に断られても抵抗されても、その反応を楽しんでいるかのようだった。
その余裕はどこから来るのだろうと疑問に思った佳乃の耳元に、浮島が顔を寄せる。
耳に息がかかり、佳乃が身をこわばらせた瞬間。疑問の答え合わせをするかのように浮島が囁いた。
「言うこと聞かないと、秘密をバラしちゃうよ」
廊下の喧騒が一瞬にしてどこかへ消え去った。居場所が変わったのではなく、佳乃の感覚がマヒしているのだ。浮島の囁きが佳乃の思考を奪って、感覚を鈍らせている。
秘密。その言葉に思い当たるものがありすぎる佳乃なのだ。浮島は佳乃の何を知ってしまったのだろう。キスのこと、それとも壁ドンか。最悪な想像が頭をぐるぐると巡る。血の気が引いて、めまいがしそうだ。
ぴたりと硬直し黙り込んだ佳乃を見て、浮島は口元をにたりと緩ませた。そしてもう一度、囁く。
「来ないなら……ここで嘘をつかせてもいいよ。みんなの前で呪・い・のキスでもしてみる?」
キスのことや壁ドンどころではない。浮島に知られてしまったのは、最悪な呪いのこと。
「なんでそれを……」
「知りたい? ここでお話してもいいけど、もしかしたらキミが嘘をつきたくなるかもしれないよ? オレは構わないよ。人がたっくさんいる放課後の廊下で、みんなに見られながらキスをするんだ。あはは、たーのしい」
「や、やめてください!」
「じゃあ一緒にきてよ。二人きりで話そうよ、佳乃ちゃん」
ここでようやく佳乃は知った。
校則違反の塊な浮島は悪魔であり、拒否権なんて与えられていない。嫌でもこの男についていくしかないのだ。
放課後に入り、帰り支度をして教室を後にする。菜乃花のいない一人の帰宅に寂しさを抱きつつ廊下に出た時、背後から声をかけられた。
「みーつけた」
佳乃ではない生徒に向けたものだとしては、はっきりと聞こえる。その声量から佳乃に声をかけたのだろうか、と振り返った。
そこにいたのは会ったことのない男子生徒だった。ネクタイの色から判断するに三年生だろう。
名前わからぬこの男にあだ名をつけるとするならば、歩く校則違反である。派手というレベルを超えたピンク色に染まった髪。長い髪は耳にかきあげられ、その耳にごつごつとしたピアスがいくつも装着されている。明るすぎる髪やピアスは校則違反のはずだ。
違反してもあまり怒られない学校とはいえ、これはひどすぎるのではないか。佳乃は唖然として、彼を見上げた。
「三笠佳乃ちゃんだよね? はじめまして」
「だ、誰ですか?」
佳乃はこの男と会ったことがない。男の発言からも二人が初対面であることに間違いないのだが、なぜ佳乃の名前を知っているのだろう。怪しい校則違反男をじろりと睨みつけると、男はニコニコと笑った。
「オレは三年の浮島《うきしま》 紫音《しおん》。紫音先輩って気軽に呼んでね、佳・乃・ち・ゃ・ん」
浮島はそう言うと、佳乃の肩を掴んで引き寄せた。急なことに理解が追いつかず、されるがままに佳乃の体は浮島の胸元にぶつかる。
初対面の上にこの近距離ときたものだ。佳乃の頭は真っ白になっていたのだが、二人のやりとりを目撃した女子生徒たちの声で意識が戻っていく。
そうだった、ここは廊下だ。最悪なことに生徒が最も多く廊下に出てくる下校時間なのだ。通りすがる生徒たちが佳乃たちを見ている。変な噂を立てられては困ると、佳乃は浮島から離れようと試みた。
「離してください!」
「キミに話したいことがあるんだ、一緒にきてくれる?」
「嫌です!」
手をぶんぶんと振り回しながら拒否をする。話したいことがあるのなら普通に話せばいいのに、どうしてこんな抱き寄せられなきゃいけないのか。他の生徒に見られているのだと思えば羞恥心が生じるが、どれほど抵抗をしても浮島には届いていないようだった。
「ナンパ拒否なんて佳乃ちゃんキビシー。オレ、傷ついちゃった」
悲しげな声ではあるが浮島の表情は変わらない。佳乃に断られても抵抗されても、その反応を楽しんでいるかのようだった。
その余裕はどこから来るのだろうと疑問に思った佳乃の耳元に、浮島が顔を寄せる。
耳に息がかかり、佳乃が身をこわばらせた瞬間。疑問の答え合わせをするかのように浮島が囁いた。
「言うこと聞かないと、秘密をバラしちゃうよ」
廊下の喧騒が一瞬にしてどこかへ消え去った。居場所が変わったのではなく、佳乃の感覚がマヒしているのだ。浮島の囁きが佳乃の思考を奪って、感覚を鈍らせている。
秘密。その言葉に思い当たるものがありすぎる佳乃なのだ。浮島は佳乃の何を知ってしまったのだろう。キスのこと、それとも壁ドンか。最悪な想像が頭をぐるぐると巡る。血の気が引いて、めまいがしそうだ。
ぴたりと硬直し黙り込んだ佳乃を見て、浮島は口元をにたりと緩ませた。そしてもう一度、囁く。
「来ないなら……ここで嘘をつかせてもいいよ。みんなの前で呪・い・のキスでもしてみる?」
キスのことや壁ドンどころではない。浮島に知られてしまったのは、最悪な呪いのこと。
「なんでそれを……」
「知りたい? ここでお話してもいいけど、もしかしたらキミが嘘をつきたくなるかもしれないよ? オレは構わないよ。人がたっくさんいる放課後の廊下で、みんなに見られながらキスをするんだ。あはは、たーのしい」
「や、やめてください!」
「じゃあ一緒にきてよ。二人きりで話そうよ、佳乃ちゃん」
ここでようやく佳乃は知った。
校則違反の塊な浮島は悪魔であり、拒否権なんて与えられていない。嫌でもこの男についていくしかないのだ。