うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
それが変わったのが、あけぼの山探検をした日だった。
「おもしろそうな場所がある。探検しにいくぞ」
「探検? どこ行くの?」
「あけぼの山だ」
剣淵に誘われて、あけぼの山にのぼり、その帰り道である。裏道を歩いていた佳乃は転んで、斜面を転げ落ちてしまった。
「おい! どこにいるんだ?」
「ここだよ、落ちちゃった」
「どんくせーやつだな。そこで待ってろ」
子供一人では登れない高さにあり、幼い佳乃では登れそうにない。どうしたものかと困り果て、剣淵の到着を待っていた時に――見たのである。
それは、光だった。
大岩の隙間から、じわじわと溢れていた光が一気に広がる。それは目が眩むほどの強さを纏って、佳乃を包み込む。
その光の中で佳乃は聞いたのである。
『カワイソウに。お前は何も見ていないよ。何も見ていないんだから』
『カワイソウに。お前は嘘をついてはいけないよ。何も見ていないんだから』
その頃、剣淵奏斗は遠回りをしてなんとか斜面をおり、三笠佳乃の元へ向かおうとしていた。
「あ? なんだこれ……まぶしいな」
佳乃がいたはずの場所から、自然溢れるあけぼの山に不似合いな強烈で眩しい光が漏れていた。呆然と立ち尽くしている佳乃に向かって伸び、ついに姿をすっぽりと包み込む。
助けにいくべきだとわかっているのに、その光が恐ろしいもののように思えて体が動かせない。
異質な光に見つからぬよう茂みの中に隠れ、佳乃の様子を覗き見ることだけで精一杯だった。
その光が消えると三笠佳乃は倒れていた。地面に横たわり、ぴくりとも動かなくなっている。
「おい、だいじょうぶか。くそっ、ばーちゃん呼んできたほうがいいのかな。それとも……」
このまま佳乃を置いて大人を呼びにいけば、またあの光に飲みこまれ、今度は見つからないかもしれない。
あけぼの山へ誘ったことを思いだし、責任感と共に佳乃を背負う。生い茂った草をかきわけ、一歩ずつ。
「もうすぐ着くぞ。だから、ごめんな」
剣淵少年の胸にあったのは、後悔だった。
もし佳乃の転落を阻止できていたなら、あの光に呑まれてしまう前に佳乃を助けていたのなら。ぐったりとした佳乃の重みを背に感じるたび、後悔が頭を巡る。
佳乃の目が覚めた時に、何事もなかったかのようにしていたのなら、きっと後悔は薄れるだろう。だからそうあってほしいと願って、剣淵は家路を辿った。
だが、剣淵少年の願いは叶わなかった。
「……こりゃ、ひどい熱だ」
家に着いた後、佳乃の額に手を当てた鷹栖ばあちゃんはそう呟いた。
「すぐ病院に連れていこう」
「じゃあおれも行く」
「奏斗は家にいなさい。そもそもお前さんが勝手にあけぼの山に入ったからこうなったんだよ」
高熱により佳乃の意識はうつろで、剣淵が話しかけても答えることはない。そのまま佳乃は病院に連れていくこととなった。
母にも散々叱られたが、剣淵の心にあったのは、あけぼの山で見た不思議な光だった。
「あの光だ。あれが、おかしくさせたんだ」
転落直後の佳乃と会話はできていた。かろうじて見えた姿におかしなところはなく、怪我をしているとは思えなかったのだ。
すべてが変わったのはあの光に包まれてから。
「……なあ、兄ちゃん」
布団にもぐりこんでも眠れずにいた剣淵は、八雲に声をかけた。
「おれ……山でへんな光を見たんだ」
「変な光? どんなのだった?」
あけぼの山で見た光について話すと、八雲は低く唸りながら考えこんでしまった。
「んー……それは、僕たちの理解を超えるものかもしれないね。奏斗は不思議な現象に合ってしまったのかもしれないよ」
「フシギなゲンショーってなんだ?」
「そうだね……例えば、UFOとか宇宙人、幽霊とかそういうもの」
「おれ、UFOを見たってこと?」
八雲は頷いた。
「そうだね、UFOかもしれないよ。夢のある話だね。ところで奏斗は眠くないのかな、僕はすごく眠たいんだけど」
あれがUFOなのだと考えると、頭が冴えてきて、いますぐあけぼの山に探しにいきたくなる。明日もう一度、山に行って確かめてみよう。そしてあの光にまた出会ったら、佳乃を助けてくださいと頼んでみるのだ。そう考えているうち、高揚感を抱いたまま剣淵は眠りについていた。
その翌朝のことである。
「……三笠さん、お父さんと一緒に帰ったんだって」
朝食をとっていた時、八雲が切り出した。
病院にて調べたところ佳乃に怪我はなく、熱も徐々に下がっていった。しかし話を聞いた佳乃の父が駆けつけ、退院後はそのまま自宅に戻ることになったのだ。
「じゃあ、こっちにはもうこないのか?」
剣淵が聞くと、鷹栖ばあちゃんが頷く。遊び相手が減って寂しそうな剣淵の頭を優しく撫でて言った。
「いつでも会いにくればいい。何があったって、奏斗はばあちゃんの孫だ。いつでも遊びにくればいい。その時にまた佳乃ちゃんも呼べばいいさ」