うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

***

 11年前の記憶を辿っていく。途中で剣淵が口を挟むこともあったが、すべての出来事をノートに書き終えたところで八雲が顔をあげた。

「……さて。これで呪いへの理解が深まりそうですね」

 赤いペンに持ち替えて、八雲はノートに書きこんでいく。

「おそらく。呪いが発動する条件である『嘘』というのは、佳乃さんの記憶に基づくものでしょう」
「私の記憶……ですか?」
「11年前に一緒にあけぼの山に行ったのは奏斗だった。これは僕も証明できる『真実』です。ですがあなたはどういうわけか勘違いをし、奏斗ではなく伊達享という人だと思い込んでしまった」

 そしてページを捲り、以前に書きこんだ呪いが発動した時の嘘をペンでつつく。

「これを見てください。『小さい頃の夏休みを一緒に過ごしたのは伊達くんなのに、剣淵かもしれないと嘘をついた』この発言で、あなたの呪いが発動しています。つまり呪いの発動条件は『真実』ではなく『佳乃さんの記憶』に基づく嘘なのでしょう」
「……じゃあ、いままでのやつもぜんぶ、ですか」

 佳乃はノートに書いた過去の嘘に視線を落とす。

 『天気が晴れていたのに、雨だと嘘をついた』
 これは発言する前に、天候を確認している。佳乃の記憶に『今日は晴れ』と残っていたために、嘘の呪いが発動したのだろう。

 『忘れていなかったのに、忘れたと嘘をついた』
 剣淵とのキスは忘れるどころかはっきりと焼き付いてしまっていた。

 『呪われているのに、呪いなんてないと嘘をついた』
 これも同じだ。発言するより前から、佳乃は自分が呪われているのだと思っている。この嘘は、その記憶に逆らったものだ。


「そして先日佳乃さんが言っていた『足を捻挫していたのに大丈夫と言っても嘘にならなかった』というのも、おそらく記憶が関係しているでしょう」
「大丈夫、と言った時に私がまだ捻挫に気づいていなかったからですか?」
「ええ。『真実』では既に捻挫していますが、『佳乃さんの記憶』ではまだ捻挫に気づいていません。だから呪いが発動しなかったのです」

 そしてノートの下に、赤いペンで書きこんでいく。書きながら八雲が読み上げた。

「嘘によって発動する呪い。嘘は佳乃さんの記憶を基準に判断される。あなたが『忘れた』と思っていても、記憶に残っていたら『忘れていない』のです。あなたの願望や感情よりも『記憶』だけを基準にしているのでしょう。そう考えると扱いは少し難しいかもしれませんね」

 11年も戦ってきた呪いをここまで細かく知ることができるとは。八雲の力がなければここまで辿りつけなかっただろう。

「八雲さん、ありがとうございます」
「お礼を言われるほどのことはしていません。それに一番肝心な、呪いを解く方法はまだわかっていませんから。おそらく、ここにヒントがあると思いますが」

 八雲がペン先で指したのは、11年前の夏、不思議な光と遭遇するところだった。

「この後で、佳乃さんの記憶がずれている。伊達さんへの返答からそれがわかります。もしかするとあなたが熱を出したのは、呪いを受けた影響なのかもしれません。その光に触れたことで佳乃さんの記憶が改変された。だから奏斗のことがわからなくなったのかもしれま――」
「ちょっと待て」

 会話に割り込んだのは剣淵だった。佳乃と八雲の話についていけず黙りこんでいたものが、いよいよここで爆発した。

「やっぱりお前が11年前のやつだったのか? っつーか呪いってなんのことだよ!」
「ま、待って剣淵。いまちゃんと説明するから……」
「しかもこの会話! 忘れたのに忘れてないだの、呪われてるのに呪われてないだの、どれも聞いた覚えがあるぞ」

 喋るうちに苛立ちが増して、怒声混じりとなっていく。なんとかなだめなければ、と焦る佳乃だったが、八雲は平然としていた。

「ああ。奏斗は呪いのことを知らなかったのか」
「呪い呪いうるせーな。さっきからてめぇらが話してる呪いって何なんだよ。嘘ついて呪いが発動したら何が起きんだよ!」
「呪いが発動したらキ――」
「八雲さん!」

 八雲の言葉を遮って、佳乃が立ち上がる。

「……それは、私から話します」

 二人の唇を何度も重ねたのは好意ではなく呪いによるものであり、佳乃が剣淵を苦しめてきたのだと。それぐらいは剣淵と向き合って、自らの口で説明したかった。
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