うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
36話 さよなら。呪いが引き裂くもの
「……私、剣淵に謝らなきゃいけない」
手が震える。どんな反応をされるのかと怖くて顔を背けてしまいたいが、ここまでこじらせてしまったのは佳乃なのだ。逃げてはいけないと自らに言い聞かせて耐える。
剣淵は怒りをはっきりと表にだし、じろりと佳乃を睨みつけていた。
「信じられない話かもしれないけど、私は変な呪いにかかっていて……さっき八雲さんと話していた通り、嘘をつくと罰が当たる呪いなの」
「……嘘をつくと罰? そんなん本当にあるのか?」
「ある。だから、思いだして」
思えば、すべては出会った時から佳乃が悪かったのだ。
伊達とキスをしたいだなんて浅はかなことを企み、結果剣淵を傷つけている。その後も呪いのことを隠し、伊達の誤解を解くために協力までさせた。
三回目のキスだって、剣淵は何の気なく言ったのかもしれないが呪いの話をしていたのだ。あの時に嘘をつかず、素直に呪いのことを話していれば――ここまでこじれることはなかった。
剣淵は額に手を当てて俯き、何やら考えているようだった。
待っていると、剣淵の思考も答えに近づいたらしい。落胆のような困惑のような複雑な顔をして言った。その声は剣淵にしては珍しく、弱弱しいものだった。
「まさか。嘘をついたら罰が当たるって……それは、」
「……嘘をついたらキスをされる。それが私の呪い」
「いままでお前にキスをしてしまったのは呪いが原因ってことか?」
佳乃は頷いた。
四回である。佳乃と剣淵が唇を重ねたのは。
そのすべてが呪いによるもので、佳乃が嘘をついたがための罰だったのだ。
呪いが実在し、さらにキスをさせるなど、にわかには信じ難い話だろう。しかし思い当たるものがあるのか剣淵は目を見開いて、佳乃をじっと見つめていた。
「わかっているのは『嘘をついたらキスをされる』ってことだけ。でも誰が相手になるのかはわからないの」
「最初のキスは……あの教室に伊達がいた。つまり、そういうことなんだな?」
「……そう。私が伊達くんとキスをしてみたくて嘘をついたの。そしたらなぜか剣淵が相手になってしまった」
その言葉に、剣淵がテーブルを強く叩いた。苛立ちが激しい揺れとなり、グラスに入っていた水がぱしゃりと零れる。
「ふざけんじゃねぇ! なんでそれを言わなかったんだよ」
「剣淵を騙して、傷つけて、ごめん」
「ぜんぶお前のせいだったのかよ。クソッ!」
剣淵の荒ぶった姿に屈さず、佳乃はもう一度剣淵を見やる。
「剣淵が私に告白をした時『無意識のうちにキスをしてしまうのは、お前が好きだからだ』と言ってくれたけれど。それも私の呪いが剣淵を誤解させてしまったんだと思うの。早く呪いのことを話していればこうならなかった。だから――」
何度か、剣淵に呪いについて明かすチャンスはあったのだ。しかし佳乃はその選択をしなかった。
キスは呪いによるものだと話せば、きっと剣淵は離れていっただろう。二人の距離が近づくにつれて、剣淵が離れていくことが辛くなってしまったのだ。伊達のことが好きだからと呪文のように呟きながら、しかし剣淵に惹かれていた。
早くに打ち明けていれば、もっと素直に向き合えたのだろう。鈍い佳乃がようやく認めた剣淵への恋は、呪いによって失われようとしている。
「剣淵を苦しめて、ごめんなさい」
佳乃は立ち上がり、頭を下げた。
この恋が叶うことはない。がらがらと崩れていくのだと思えば切なくなって、涙が出そうになる。しかし泣きたいのは佳乃よりも、散々騙されてきた剣淵だろう。瞼を伏せ、涙を堪える。
「……帰る」
佳乃を軽蔑しているのだろう冷ややかな声が、聞こえた。
佳乃には目もくれず、剣淵は立ち上がる。春から今日までの距離なんてなかったかのように、振り返りもせず去っていった。
手が震える。どんな反応をされるのかと怖くて顔を背けてしまいたいが、ここまでこじらせてしまったのは佳乃なのだ。逃げてはいけないと自らに言い聞かせて耐える。
剣淵は怒りをはっきりと表にだし、じろりと佳乃を睨みつけていた。
「信じられない話かもしれないけど、私は変な呪いにかかっていて……さっき八雲さんと話していた通り、嘘をつくと罰が当たる呪いなの」
「……嘘をつくと罰? そんなん本当にあるのか?」
「ある。だから、思いだして」
思えば、すべては出会った時から佳乃が悪かったのだ。
伊達とキスをしたいだなんて浅はかなことを企み、結果剣淵を傷つけている。その後も呪いのことを隠し、伊達の誤解を解くために協力までさせた。
三回目のキスだって、剣淵は何の気なく言ったのかもしれないが呪いの話をしていたのだ。あの時に嘘をつかず、素直に呪いのことを話していれば――ここまでこじれることはなかった。
剣淵は額に手を当てて俯き、何やら考えているようだった。
待っていると、剣淵の思考も答えに近づいたらしい。落胆のような困惑のような複雑な顔をして言った。その声は剣淵にしては珍しく、弱弱しいものだった。
「まさか。嘘をついたら罰が当たるって……それは、」
「……嘘をついたらキスをされる。それが私の呪い」
「いままでお前にキスをしてしまったのは呪いが原因ってことか?」
佳乃は頷いた。
四回である。佳乃と剣淵が唇を重ねたのは。
そのすべてが呪いによるもので、佳乃が嘘をついたがための罰だったのだ。
呪いが実在し、さらにキスをさせるなど、にわかには信じ難い話だろう。しかし思い当たるものがあるのか剣淵は目を見開いて、佳乃をじっと見つめていた。
「わかっているのは『嘘をついたらキスをされる』ってことだけ。でも誰が相手になるのかはわからないの」
「最初のキスは……あの教室に伊達がいた。つまり、そういうことなんだな?」
「……そう。私が伊達くんとキスをしてみたくて嘘をついたの。そしたらなぜか剣淵が相手になってしまった」
その言葉に、剣淵がテーブルを強く叩いた。苛立ちが激しい揺れとなり、グラスに入っていた水がぱしゃりと零れる。
「ふざけんじゃねぇ! なんでそれを言わなかったんだよ」
「剣淵を騙して、傷つけて、ごめん」
「ぜんぶお前のせいだったのかよ。クソッ!」
剣淵の荒ぶった姿に屈さず、佳乃はもう一度剣淵を見やる。
「剣淵が私に告白をした時『無意識のうちにキスをしてしまうのは、お前が好きだからだ』と言ってくれたけれど。それも私の呪いが剣淵を誤解させてしまったんだと思うの。早く呪いのことを話していればこうならなかった。だから――」
何度か、剣淵に呪いについて明かすチャンスはあったのだ。しかし佳乃はその選択をしなかった。
キスは呪いによるものだと話せば、きっと剣淵は離れていっただろう。二人の距離が近づくにつれて、剣淵が離れていくことが辛くなってしまったのだ。伊達のことが好きだからと呪文のように呟きながら、しかし剣淵に惹かれていた。
早くに打ち明けていれば、もっと素直に向き合えたのだろう。鈍い佳乃がようやく認めた剣淵への恋は、呪いによって失われようとしている。
「剣淵を苦しめて、ごめんなさい」
佳乃は立ち上がり、頭を下げた。
この恋が叶うことはない。がらがらと崩れていくのだと思えば切なくなって、涙が出そうになる。しかし泣きたいのは佳乃よりも、散々騙されてきた剣淵だろう。瞼を伏せ、涙を堪える。
「……帰る」
佳乃を軽蔑しているのだろう冷ややかな声が、聞こえた。
佳乃には目もくれず、剣淵は立ち上がる。春から今日までの距離なんてなかったかのように、振り返りもせず去っていった。