うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

「じゃあオレが迎えにいってくる」
「……は?」
「オレが探しにいって、佳乃ちゃんに告白する。佳乃ちゃんが何と言おうが、オレのものにする」

 にたりと口元は弧を描いているが、その目つきは真剣なもので、動こうとしない剣淵を冷ややかに見つめていた。

「奏斗は佳乃ちゃんが好きじゃないんでしょ? じゃあ文句ないよね、あの子はオレが守る」
「――っ、てめぇ!」

 好きじゃない、三笠佳乃は好きじゃない。
 暗示をかけるように心の中で唱えても、浮島の言葉に全身が熱くなり、苛立ちが体を支配する。

 弾かれるように浮島の元へ寄ると、その襟を掴みあげる。
 理由なんて考えられず、勝手に体が動いた。

 衝動に突き動かされるまま、頬を殴ろうと腕を振り上げた時――浮島が笑った。

「……なあんだ。奏斗も、佳乃ちゃんが好きなんじゃん」
「ち、ちが――」
「じゃあどうしてオレに掴みかかったの? ヒントださないと自分の気持ちと向き合えない?」

 浮島に煽られているのだと気づき、掴み上げた手の力を緩めていく。そして浮島から数歩ほど後ずさる。

 佳乃のことが好きだからキスをしてしまうのだと思っていた。無意識のうちにキスをしてしまった理由は、佳乃への想いなのだと結論を出していた。
 しかしそれは呪いが理由だった。だから三笠佳乃のことが好きなわけではないのだと、思っていたのに。

 ではなぜ、体が動いた。浮島が佳乃を守るといっただけで、体中の血液が沸騰したかのように苛立って、殴ろうとまでした。
 それだけではない。佳乃と連絡がつかず、その身に何かが起こったのではないかと考えれるだけで怖くてたまらないのだ。

 春から今日まで、たくさんの時間を共に過ごした。馬鹿げた呪いに振り回されてキスをしただけでなく、一緒に花火を見たり、勉強をしたり、あけぼの山にも行った。

 一度重ねた唇は忘れられなかった。四回目にもなれば驚きよりも心地よさの方が増して、離れることが惜しいとさえ思ってしまったのだ。たぶんそれほど、三笠佳乃が好きだった。

 一緒にいても緊張をしたり背伸びをすることもなく、自然体でいられる存在だったのだ。だから家にあげようと思ったし、どんな無茶をするのかと心配にもなった。

 いままでのキスが呪いによるものだとしても――思い返せばキスだけではない。見えない感情を重ねてきた気がする。

「奏斗、」

 ぽんと優しく、八雲に肩を叩かれて剣淵は振り返る。

「母さんの墓参りはこの次にしよう。いまは佳乃さんの方が大切だ」
「でも、俺は――」
「菜乃花さん。佳乃さんが向かった場所はわかりますか?」
「あけぼの町の公園だと言っていました。でもあけぼの町に公園はたくさんあるから、私たちじゃわからなかったの。でも剣淵くんなら、わかるかもしれないって思って……」

 そこで再び菜乃花は声をあげて泣く。

「お願い、剣淵くん……佳乃ちゃんを助けて」

 どくり、と心臓が跳ねた。
 三笠佳乃を失うのかもしれない。そう思えば、失恋したと勘違いした時よりも辛く、胸が張り裂けそうになる。

 しかし呪いのことを明かされて二人は喧嘩したままなのだ。果たして佳乃を助けにいく権利があるだろうか、と剣淵の足が重たくなっていく。

「俺が迎えにいっても、あいつは喜ばないだろ」
「いいことを教えてあげる。佳乃ちゃんが好きなのは『こいつ』だと思うよ」

 そう言って、浮島は人形らしきものを投げた。

 訳もわからず受け取ってみれば、それは汗を流して走っている、少し間抜けなハリネズミのマスコットがついたキーホルダーである。

 この人形が佳乃の好きなやつなのか。疑いつつじっと見ていれば、ツンツンと逆立った針や走っている姿は何かに似ている気がした。

「ついでに言うと、オレも佳乃ちゃんに告白したんだよね。でも好きな人は伊達くんでもオレでもなくて、そのハリネズミに似た野郎らしいよ」

 剣淵の頭に佳乃との会話が蘇る。あれは、佳乃に弁当箱のお礼としてタヌキのキーホルダーを贈った時だ。
 佳乃は『私がタヌキなら剣淵はハリネズミね』と言っていた。だとすれば佳乃の想い人というのは――

「クソッ、めんどくせーな!」

 叫びと共に剣淵が顔をあげる。そこに迷いはなかった。

「兄貴、車だせ!」
「わかったよ。菜乃花さんと浮島くんもくるかい?」

 八雲が聞くと、菜乃花は首を横に振った。

「私と浮島さんはお姉ちゃんの車できているので。ここは二手に分かれて、佳乃ちゃんを探した方がいいと思います」
「そうだね。何かわかったら、蘭香に連絡を入れるよ。そっちも何かあれば僕か奏斗に連絡をお願いします」

 そして走りだす。
 いつだって三笠佳乃に関われば、走らされてばかりだった。

 11年前だってそうだ。あの日に何もできなかった自分を悔やんで、今度は助けることができるようにと体を鍛えはじめた。元々走ることは好きだったが、しかし原動力となっていたのは11年前の一件である。

 太陽が赤く染まり、不安を煽るように沈んでいく。
 三笠佳乃に連絡がつかなくなってかなりの時間が経つ。無事を祈りながらあけぼの町へと向かう。

 長い夜が、始まろうとしていた。
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