うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
最終話 うそつきす
秋が深まり、冬の気配が迫りつつある頃。
雲は少なく燦々と太陽が輝く昼だ。こういう天気の日には外に出たくなる。校庭端にあるベンチならば気持ちよく過ごせるだろう。
あけぼの山での一件の後、佳乃の呪いは相変わらず続いていた。
嘘をつけばキスをされる。それは変わらないのでなるべく正直者にならなければいけない。
しかし呪いに対しての見方は変わり、前のように憂鬱な気分を抱くことはなくなっていた。
剣淵奏斗が校庭端のベンチに向かっていった。佳乃と約束をし、共に昼食を取る予定だったのだが、仲のいい男子生徒と話しているうちに外へ出るのが遅れてしまった。慌てて走っていくと既に佳乃が待っていた。
「待たせたな」
「遅い。卵焼き二個も食べ終わった」
既に食事をはじめていたらしい佳乃の膝には弁当箱があり、卵焼きが入っていたのだろうスペースは空になっていた。
「お前、また卵焼きかよ」
「文句言うならお昼抜きだけど」
「悪かった。だから早く飯をくれ、腹が減った」
剣淵が渋々謝ると、佳乃はもう一つの弁当箱を渡した。佳乃が使っているものと同じ形なのだが色が異なる。佳乃がさくら色の弁当箱に対し、剣淵に渡したものは薄緑色をしていた。
あれから。佳乃は剣淵の分も弁当を用意するようになった。せめて昼飯はまともなものを食べてほしいという願いからである。
佳乃の隣に腰をおろして、いざ弁当箱の蓋を開けようとした時である――
「美味しそうな卵焼きだ」
予想外の方向から、ひょいと卵焼きがつままれる。手を出していないのに視界から消えていく卵焼きを追いかけると、そこにいたのは伊達享だった。
「うん。美味しいね、この卵焼き。三笠さん、料理の腕があがったんじゃないかな?」
「伊達、てめぇまた……」
恨みがましく睨みつけるも、もぐもぐと顎を動かして満足気な伊達には届かない。相変わらずの胡散臭い王子様スマイルを浮かべていた。
そんな様子に、剣淵の機嫌も急降下する。こめかみがぴくぴくと震え、そして怒気混じりに言う。
「てめぇは呼んでねーぞ」
「あれ、剣淵くんもいたんだね」
「『いたんだね』じゃねーよ! 人のおかずを奪っておいて何言ってやがる。っつーか毎回毎回乱入してくるな、邪魔だ」
伊達はさも当たり前といった体で佳乃の隣に座る。
剣淵と伊達に挟まれる形となり、二人は佳乃を無視してバチバチと火花のでそうな睨み合いを続けていた。間に挟まれる佳乃の身になっていただきたいものだが、二人が気づくことはない。
「僕も外でお昼を食べようと思ったんだ、奇遇だね」
「あ? そう言ってこないだも昨日も乱入してきただろーが。ふざけんな」
「剣淵くんは粗暴だね。そんな態度ばかりだと『彼女』にフラれてしまうよ?」
「お前こそ、こいつへの興味が失せたんじゃなかったのかよ」
剣淵が聞くと、伊達はすっとぼけた顔をして首を傾げた。
「興味が失せたとは言ったけど、諦めたとは言っていないね。だからいつでも君が三笠さんをフって、彼女を困らせてしまえばいい」
「お前、ほんと性格悪いな。あれか、お前がうちゅ――」
宇宙人だからなのか。と言いかけたのだろう。剣淵の言葉は伊達の咳払いによって遮られた。そして伊達は微笑んだのだが、瞳の奥はきんと冷えていて威圧感を放っている。
「剣淵くん、君はUFOに興味があるんだっけ。いつでも『我が家』に招待してあげるからね。おみやげも用意しておくよ、ふふ」
二人のやりとりを聞きながら佳乃は黙々と弁当を食べていた。我が家とはつまりあの光、なのだろうか、そんなことを考える佳乃に、こつりと剣淵の体がもたれかかった。
「浮島さんといい伊達といい、変なのばかり集めすぎだろ……」
「そうかも……しれない」
あけぼの山の一件以降、伊達はこうして二人の前にたびたび現れるようになった。
正体がバレているからか、剣淵にもそれなりにくだけた態度で接し、それなりに親しくなった気がする。
姿や行動だけでは、普通の人間と何も変わらない。いまここで伊達の正体を叫んだとしても佳乃と剣淵以外は誰も信じないだろう。それほどに、違和感なく溶け込んでいるのだ。だからいまも気を抜けば、伊達が普通の人間なのだと思ってしまう。
「変なの、とは失礼だね。これでも仕事なんだ、呪いも監視も継続しているからね」
「監視ってお前……ストーカーかよ」
「どう受け取ってもらっても構わないよ。でもね剣淵くん、おちおち二人きりにさせると思わない方がいい。さっきも言ったけれど、僕は諦めたとは言ってないから」
そう言って伊達は佳乃の肩を叩く。
「……剣淵くんにひどいことをされたら僕に言うんだよ?」
「ど、どうして?」
「だってほら。僕は君が傷ついたり悲しんでいる顔が好きだから。だから早く剣淵奏斗と別れて、ぐずぐずに傷ついてしまえって思ってる」
にっこりと。今日一番の微笑みではないかと言うほど、きらきらした顔で伊達は言った。
ぜひとも勘弁してほしいところである。なんだって、人の悲しむ顔に喜びを抱くのか。
呆れつつ、佳乃が何も答えられずにいると、前方に二人。今度は浮島と菜乃花の姿が見えた。
浮島は佳乃たちを見つけて、手を振る。
「あっれー? みんなでランチタイム? オレも混ぜてよー」
その隣を歩く菜乃花が申し訳なさそうにしているところから、『佳乃ちゃんと奏斗の昼飯を邪魔にしてやろう』と浮島に呼び出されたのだと察しがつく。
「……今日のお昼も、にぎやかだね」
頭を抱えている剣淵に佳乃が言う。
「勘弁してくれ……お前の周りには変なやつしかいないのかよ。こいつらを引き寄せて離さないのもお前の呪いなのか?」
「それはないけど……でも剣淵だって引き寄せられたじゃない?」
すると、剣淵がじっと佳乃の顔を見つめた。何かを言いたげにしつつ、しかし語らない。その双眸だけがきらりと光を湛えている。
しばらく経ってから、顔をくしゃりと歪ませて笑い、自嘲をこめた声音で剣淵は呟いた。
「そうだな。俺も、お前に呪われてる」
雲は少なく燦々と太陽が輝く昼だ。こういう天気の日には外に出たくなる。校庭端にあるベンチならば気持ちよく過ごせるだろう。
あけぼの山での一件の後、佳乃の呪いは相変わらず続いていた。
嘘をつけばキスをされる。それは変わらないのでなるべく正直者にならなければいけない。
しかし呪いに対しての見方は変わり、前のように憂鬱な気分を抱くことはなくなっていた。
剣淵奏斗が校庭端のベンチに向かっていった。佳乃と約束をし、共に昼食を取る予定だったのだが、仲のいい男子生徒と話しているうちに外へ出るのが遅れてしまった。慌てて走っていくと既に佳乃が待っていた。
「待たせたな」
「遅い。卵焼き二個も食べ終わった」
既に食事をはじめていたらしい佳乃の膝には弁当箱があり、卵焼きが入っていたのだろうスペースは空になっていた。
「お前、また卵焼きかよ」
「文句言うならお昼抜きだけど」
「悪かった。だから早く飯をくれ、腹が減った」
剣淵が渋々謝ると、佳乃はもう一つの弁当箱を渡した。佳乃が使っているものと同じ形なのだが色が異なる。佳乃がさくら色の弁当箱に対し、剣淵に渡したものは薄緑色をしていた。
あれから。佳乃は剣淵の分も弁当を用意するようになった。せめて昼飯はまともなものを食べてほしいという願いからである。
佳乃の隣に腰をおろして、いざ弁当箱の蓋を開けようとした時である――
「美味しそうな卵焼きだ」
予想外の方向から、ひょいと卵焼きがつままれる。手を出していないのに視界から消えていく卵焼きを追いかけると、そこにいたのは伊達享だった。
「うん。美味しいね、この卵焼き。三笠さん、料理の腕があがったんじゃないかな?」
「伊達、てめぇまた……」
恨みがましく睨みつけるも、もぐもぐと顎を動かして満足気な伊達には届かない。相変わらずの胡散臭い王子様スマイルを浮かべていた。
そんな様子に、剣淵の機嫌も急降下する。こめかみがぴくぴくと震え、そして怒気混じりに言う。
「てめぇは呼んでねーぞ」
「あれ、剣淵くんもいたんだね」
「『いたんだね』じゃねーよ! 人のおかずを奪っておいて何言ってやがる。っつーか毎回毎回乱入してくるな、邪魔だ」
伊達はさも当たり前といった体で佳乃の隣に座る。
剣淵と伊達に挟まれる形となり、二人は佳乃を無視してバチバチと火花のでそうな睨み合いを続けていた。間に挟まれる佳乃の身になっていただきたいものだが、二人が気づくことはない。
「僕も外でお昼を食べようと思ったんだ、奇遇だね」
「あ? そう言ってこないだも昨日も乱入してきただろーが。ふざけんな」
「剣淵くんは粗暴だね。そんな態度ばかりだと『彼女』にフラれてしまうよ?」
「お前こそ、こいつへの興味が失せたんじゃなかったのかよ」
剣淵が聞くと、伊達はすっとぼけた顔をして首を傾げた。
「興味が失せたとは言ったけど、諦めたとは言っていないね。だからいつでも君が三笠さんをフって、彼女を困らせてしまえばいい」
「お前、ほんと性格悪いな。あれか、お前がうちゅ――」
宇宙人だからなのか。と言いかけたのだろう。剣淵の言葉は伊達の咳払いによって遮られた。そして伊達は微笑んだのだが、瞳の奥はきんと冷えていて威圧感を放っている。
「剣淵くん、君はUFOに興味があるんだっけ。いつでも『我が家』に招待してあげるからね。おみやげも用意しておくよ、ふふ」
二人のやりとりを聞きながら佳乃は黙々と弁当を食べていた。我が家とはつまりあの光、なのだろうか、そんなことを考える佳乃に、こつりと剣淵の体がもたれかかった。
「浮島さんといい伊達といい、変なのばかり集めすぎだろ……」
「そうかも……しれない」
あけぼの山の一件以降、伊達はこうして二人の前にたびたび現れるようになった。
正体がバレているからか、剣淵にもそれなりにくだけた態度で接し、それなりに親しくなった気がする。
姿や行動だけでは、普通の人間と何も変わらない。いまここで伊達の正体を叫んだとしても佳乃と剣淵以外は誰も信じないだろう。それほどに、違和感なく溶け込んでいるのだ。だからいまも気を抜けば、伊達が普通の人間なのだと思ってしまう。
「変なの、とは失礼だね。これでも仕事なんだ、呪いも監視も継続しているからね」
「監視ってお前……ストーカーかよ」
「どう受け取ってもらっても構わないよ。でもね剣淵くん、おちおち二人きりにさせると思わない方がいい。さっきも言ったけれど、僕は諦めたとは言ってないから」
そう言って伊達は佳乃の肩を叩く。
「……剣淵くんにひどいことをされたら僕に言うんだよ?」
「ど、どうして?」
「だってほら。僕は君が傷ついたり悲しんでいる顔が好きだから。だから早く剣淵奏斗と別れて、ぐずぐずに傷ついてしまえって思ってる」
にっこりと。今日一番の微笑みではないかと言うほど、きらきらした顔で伊達は言った。
ぜひとも勘弁してほしいところである。なんだって、人の悲しむ顔に喜びを抱くのか。
呆れつつ、佳乃が何も答えられずにいると、前方に二人。今度は浮島と菜乃花の姿が見えた。
浮島は佳乃たちを見つけて、手を振る。
「あっれー? みんなでランチタイム? オレも混ぜてよー」
その隣を歩く菜乃花が申し訳なさそうにしているところから、『佳乃ちゃんと奏斗の昼飯を邪魔にしてやろう』と浮島に呼び出されたのだと察しがつく。
「……今日のお昼も、にぎやかだね」
頭を抱えている剣淵に佳乃が言う。
「勘弁してくれ……お前の周りには変なやつしかいないのかよ。こいつらを引き寄せて離さないのもお前の呪いなのか?」
「それはないけど……でも剣淵だって引き寄せられたじゃない?」
すると、剣淵がじっと佳乃の顔を見つめた。何かを言いたげにしつつ、しかし語らない。その双眸だけがきらりと光を湛えている。
しばらく経ってから、顔をくしゃりと歪ませて笑い、自嘲をこめた声音で剣淵は呟いた。
「そうだな。俺も、お前に呪われてる」