うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
「そういえば、」
合同体育の授業も終盤。最後のグループであるA組男子が測定の準備を始めた時、思い出したように菜乃花が呟いた。
「昨日、剣淵くんに会えた?」
「うげ。なんであいつが出てくるの?」
伊達の姿を堪能しとろけた顔をしていた佳乃だったが、剣淵の名前が出てきたことで表情を一転させた。眉間にしわどころか顔をぐちゃぐちゃに歪ませて嫌悪感を丸出しにする。
逃げるように運動場へ視線を送れば、剣淵がスタートラインに立ったところだった。
やる気のない態度が伝わってくる大きなあくびをして、首をぐるぐると回している。そしてだるそうにしながらも身をかがめてクラウチングスタートの姿勢をとった。
「放課後に剣淵くんと会ってね、慌てていたから声をかけたの。そうしたら――」
運動場に集まっていた生徒たちがしん、と息を呑んで見守る。
A組の転校生は運動神経がいいと話題になっていたため注目が集まっている剣淵だったが、本人はさほど気にしていないようだ。先生の合図にあわせて腰を浮かせ、前傾姿勢となる。
そして。
「佳乃ちゃんを探している、って言っていたの」
菜乃花が言うと共に、笛の音がした。
弾かれるように剣淵が走り出す。
それは速く。まばたき一つしている間に、他の男子たちとの距離が開いた。ただ前だけを向いて駆け抜けていく。それはわずか数十秒だけの、運動場の支配者。
その姿勢も、速さも、昨日のことも。佳乃が思っていたものとは違っていたのだ。凪いでいた心に、風が吹きぬけていく。
呆然として視線は動かせず剣淵に向けたまま。駆け抜けていった菜乃花の言葉に聞き返す。
「探し物って、私……? ど、どうして……」
「理由は教えてくれなかったけど――直接、聞いてみたらどう?」
剣淵のことは嫌いだ。なのにどうして、佳乃に関わってくるのだろう。
出会ってから今日まで、佳乃の不幸に絡んでくる剣淵は嵐のようだと思った。
桜の花が風に流れてゆったり散るような春ではなく、猛スピードで駆け抜けていく嵐、突風。
「わー、剣淵くんすごいね。速いなあ、男子トップのタイムじゃない?」
菜乃花の感嘆も佳乃の耳には入らない。
笛の音が聞こえたから。
いや、聞こえていたのだ。それは何日も前から。
佳乃にしか聞こえない、ずっとずっと遠くの方で。嘘のように爽やかに響く笛の音、なにかがはじまる合図。