うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
***
「伊達くん」
佳乃が廊下に出ると、そこには伊達がいた。
いよいよ浮島作戦の最終フェーズがはじまったのである。
突如現れた佳乃に伊達は驚いているようだったが、すぐに穏やかな表情へと戻る。
間近で見れば、やはり伊達はかっこいい。見惚れて立ち尽くしてしまいそうになる。
「こんなところで会うなんて奇遇だね、三笠さん」
名前を呼ばれただけで体が歓喜に震える。録音して永久保存してしまいたい。いまなら盗撮大好きな浮島の気持ちがわかる気がした。
「あの、これを――」
予定通りの台詞を口にしながら、佳乃がかばんから取り出したのはピンク色の紙袋だった。丁寧にリボンまでつけている。
「これは?」
「先日借りたハンカチ。返そうと思っていたんだけど、なかなか渡す機会がなくて……」
伊達は紙袋の中を覗いて確認した後、佳乃に微笑んだ。
「ありがとう。こんなに綺麗に包んでもらえるなんて、三笠さんに気を遣わせてしまったね」
広い廊下なのに、伊達との距離を近く感じてしまう。伊達をひとり占めしているのだ。死んでもいい、そう思えるほど幸せな時間だった。
だがこれで終わりにならないのが浮島作戦である。
ここで会話を終えてしまえば、教室の扉に張り付いて会話を聞いているだろう浮島になにをされるかわからない。
「ぞ、そっ、そそそれで……」
急に緊張してしまい、噛んだりうわずったりと変なしゃべり方になってしまう。これでは棒読みの剣淵をばかにすることはできない。
「うん? どうしたのかな?」
「あ、あの……っ、お礼を言いたくて」
「お礼? そんなの気にしなくて――」
「だ、だめなの! 伊達くんに助けてもらったから、ちゃんとお礼をしたくて……」
廊下には一切聞こえてこないのだが、扉の向こうで教室にいる浮島と菜乃花の笑っている姿が頭に浮かぶ。
ええい、もうどうにでもなれ。やけっぱちだ。意を決して佳乃は告げた。
「お礼として、何でもするので私に命令してください!」
叫びながら勢いよく頭を下げる。はたして頭を下げる必要があるのかと聞かれれば、その必要はないのだが、伊達と視線を交わすのが気恥ずかしく自然とそうしていた。
言い終えて、廊下がしんと静かになる。
教室にいる浮島たちも、頭を下げたままの佳乃も、皆が息をひそめて伊達の返答を待っていた。
「……ふふ。三笠さんって面白い人だよね」
軽蔑されるだろうかと覚悟していたのだが、聞こえてきたのは意外にも穏やかな声色だった。おそるおそる顔を上げてみれば、伊達はふわりと柔らかな微笑みを浮かべて佳乃を見つめている。
「そこまでしなくてもいいよって言いたいけど、それじゃ三笠さんの気が済まないよね、きっと」
「う、うん……」
ここから先は浮島作戦の台本もない。完全アドリブの勝負である。いくつかの答えは想定してきたが、一体どんな要求がくるだろうかと緊張してしまう。
そして。しばらく考え込んでいた伊達が、言った。
「来月、一年生合宿があるんだ。僕は生徒会役員だからそれの準備をしているんだけど、買わなきゃいけないものがたくさんあるんだ。その買い出しに、付き合ってもらえないかな?」
それは想定外の言葉である。買い出しに付き合うとは学校外で会うということだ。私服の伊達くんを拝むことができると考えた瞬間、佳乃の理性は宇宙の彼方へ弾き飛ばされていく。そして無意識のうちに佳乃の首は縦に動いていた。
「じゃあ決まりだね。詳しい日は今度話すから……って、なんだかこれってデートみたいだね」
伊達が照れながら告げたデートの三文字によって、頭が真っ白になっていく。
もしかしたら浮島は問題児ではなく片思いの救世主かもしれない。そんなことを考えてしまうほど、佳乃は混乱していた。
「伊達くん」
佳乃が廊下に出ると、そこには伊達がいた。
いよいよ浮島作戦の最終フェーズがはじまったのである。
突如現れた佳乃に伊達は驚いているようだったが、すぐに穏やかな表情へと戻る。
間近で見れば、やはり伊達はかっこいい。見惚れて立ち尽くしてしまいそうになる。
「こんなところで会うなんて奇遇だね、三笠さん」
名前を呼ばれただけで体が歓喜に震える。録音して永久保存してしまいたい。いまなら盗撮大好きな浮島の気持ちがわかる気がした。
「あの、これを――」
予定通りの台詞を口にしながら、佳乃がかばんから取り出したのはピンク色の紙袋だった。丁寧にリボンまでつけている。
「これは?」
「先日借りたハンカチ。返そうと思っていたんだけど、なかなか渡す機会がなくて……」
伊達は紙袋の中を覗いて確認した後、佳乃に微笑んだ。
「ありがとう。こんなに綺麗に包んでもらえるなんて、三笠さんに気を遣わせてしまったね」
広い廊下なのに、伊達との距離を近く感じてしまう。伊達をひとり占めしているのだ。死んでもいい、そう思えるほど幸せな時間だった。
だがこれで終わりにならないのが浮島作戦である。
ここで会話を終えてしまえば、教室の扉に張り付いて会話を聞いているだろう浮島になにをされるかわからない。
「ぞ、そっ、そそそれで……」
急に緊張してしまい、噛んだりうわずったりと変なしゃべり方になってしまう。これでは棒読みの剣淵をばかにすることはできない。
「うん? どうしたのかな?」
「あ、あの……っ、お礼を言いたくて」
「お礼? そんなの気にしなくて――」
「だ、だめなの! 伊達くんに助けてもらったから、ちゃんとお礼をしたくて……」
廊下には一切聞こえてこないのだが、扉の向こうで教室にいる浮島と菜乃花の笑っている姿が頭に浮かぶ。
ええい、もうどうにでもなれ。やけっぱちだ。意を決して佳乃は告げた。
「お礼として、何でもするので私に命令してください!」
叫びながら勢いよく頭を下げる。はたして頭を下げる必要があるのかと聞かれれば、その必要はないのだが、伊達と視線を交わすのが気恥ずかしく自然とそうしていた。
言い終えて、廊下がしんと静かになる。
教室にいる浮島たちも、頭を下げたままの佳乃も、皆が息をひそめて伊達の返答を待っていた。
「……ふふ。三笠さんって面白い人だよね」
軽蔑されるだろうかと覚悟していたのだが、聞こえてきたのは意外にも穏やかな声色だった。おそるおそる顔を上げてみれば、伊達はふわりと柔らかな微笑みを浮かべて佳乃を見つめている。
「そこまでしなくてもいいよって言いたいけど、それじゃ三笠さんの気が済まないよね、きっと」
「う、うん……」
ここから先は浮島作戦の台本もない。完全アドリブの勝負である。いくつかの答えは想定してきたが、一体どんな要求がくるだろうかと緊張してしまう。
そして。しばらく考え込んでいた伊達が、言った。
「来月、一年生合宿があるんだ。僕は生徒会役員だからそれの準備をしているんだけど、買わなきゃいけないものがたくさんあるんだ。その買い出しに、付き合ってもらえないかな?」
それは想定外の言葉である。買い出しに付き合うとは学校外で会うということだ。私服の伊達くんを拝むことができると考えた瞬間、佳乃の理性は宇宙の彼方へ弾き飛ばされていく。そして無意識のうちに佳乃の首は縦に動いていた。
「じゃあ決まりだね。詳しい日は今度話すから……って、なんだかこれってデートみたいだね」
伊達が照れながら告げたデートの三文字によって、頭が真っ白になっていく。
もしかしたら浮島は問題児ではなく片思いの救世主かもしれない。そんなことを考えてしまうほど、佳乃は混乱していた。