うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

***

 忘れてしまいたいものほど追いかけてくる。
 朝のホームルーム。佳乃は、忘れかけていた乱入者の特徴をはっきりと思い出すことになる。というのもホームルームがはじまってすぐ、その乱入者が教室に入ってきたからだ。

「転校生を紹介します」

 担任の横に並ぶ新顔男子生徒に女子は騒いでいた。転校生の男子なんて夢見る女の子が憧れてしまうキーワードだ。
 だが佳乃だけは、複雑な顔をして動きを止めたまま。
 転校生だと紹介されたその男こそ、昨日キスをした相手なのだ。

「剣淵《けんぶち》 奏斗《かなと》だ。よろしく」

 色めき立つ女子とは対照的に、剣淵は不機嫌そうに眉を寄せて定番の転校生挨拶を述べた。

 昨日と違い、今日は佳乃と同じ学校の制服を着ている。転校初日からシャツのボタンを外してネクタイも緩くした剣淵の姿にだらしなさを感じてしまうが、騒ぐ女子たちは異なるらしい。

 佳乃は、きっちりした真面目な男が好きだ。制服は綺麗に着こなして、ネクタイだって緩めることなく、つまりは伊達のような男が好みであって、剣淵のようなだらしない男は嫌いなのだ。
 それに髪だって。自分で染めているのだろうアッシュグレーの髪は好きじゃない。髪は男にしてはやや長めで、襟足は肩に届きそうなほど伸ばしている。アップバングにセットした前髪はワックスで固められていて、サラサラと指とおりよさそうな伊達の髪とは大違いだ。

 真逆なのは髪や着こなしだけでなく顔も、だ。
 優しい性格を表に出した甘いルックスの伊達に対し、剣淵は目つき鋭く、表情の変化があるとすれば眉間にシワがあるかないか。自己紹介の挨拶もぶっきらぼうだったように、優しさなんて欠片も持っていない印象だ。
 スタイリッシュで細身の伊達はスーツの似合う男だ。去年の学園祭で執事喫茶をした時は執事服を着ていたが、企画した生徒に感謝状を贈りたいほどよく似合っていた。その美しい姿を目に焼き付けようとしていたのは佳乃だけではないだろう。対して剣淵は体格がよく、スーツというよりもスポーツをしている方が似合うだろう。

 嫌悪を丸出しにして、佳乃は剣淵を観察する。昨日は逃げ出してしまったが今日はまだ冷静でいられる。どんな男とキスをしてしまったのか知っていくたびに、好きな人とは真逆で、どちらかといえば嫌いなタイプである。
 佳乃が呪いを発動させてしまったことが一番の原因ではあるが、こんな男に唇を奪われてしまったのだと思うと怒りがわいてくる。剣淵が乱入しなければ、教室にこなければよかったのに。

 じろじろと眺めていると、剣淵と目が合った。

「お前、昨日の……!」

 教科書で顔を隠すも遅く、剣淵の声が佳乃に向けられる。
 それに反応したのは佳乃ではなく担任だった。

「剣淵は三笠と知り合いなのか」
「違います! この変態は――」

 言いかけたところで気づく。クラスメイトの視線が佳乃に向けられていた。「変態?」
「いまなんて言った?」等とざわついている。
 教室前方を見れば黒板前に立つ剣淵は、先ほどよりも不機嫌そうに眉間に深いシワを刻んで、佳乃を睨みつけていた。

「知り合いならちょうどいいな。三笠の隣が空いているから、剣淵の席はそこだ」

 まったくありがちな展開である。佳乃は頭を抱えた。転校生の男の子が隣の席に座るだなんて恋愛小説によくある話じゃないか。ただ違うことがあるとすれば。佳乃が呪われていることと、その転校生と呪いによるキスをしてしまったぐらいで。

 担任に言われた通り、剣淵が隣の席に着く。椅子を引いたり座ったりという動作もわざとらしく大きな音を立てるものだから腹が立った。

 ちらりと見れば、剣淵は片肘ついて顔を背けている。表情はわからなくても剣淵の機嫌が最悪なことはひしひしと伝わってきた。
 昨日キスをした相手に対し、挨拶も謝罪もなくそれどころか視線も合わせようとしない。佳乃の怒りは頂点に達した。

 『話があるので放課後ついて来て。来なかったら変態野郎って呼ぶ』
 ノートの切れ端に走り書きをすると、剣淵の席へ乱暴に放り投げた。
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