うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
「……残念」
現れたのは一年生の男子だった。
伊達ではないことと、一年生でも食指伸びない男子なことがお気に召さなかったのだろう。はあ、と露骨に息をついて浮島が立ち上がる。
「肝試しのルート、間違えてるよ。こっちは立ち入り禁止」
「は、はい。すみません」
先輩たちに囲まれて萎縮してしまったのか一年生男子は泣き出しそうな声で謝り、頭をさげた。
「正しいルートまで案内してあげる。剣淵くんが」
「めんどくせーな、どうして俺なんだよ」
「えー。剣淵くんヒマそうじゃん。おしゃべりもしてくれないし。さっさと案内してきてよ」
浮島の無茶な振る舞いに剣淵は苛立っていたようだが、佳乃がいて気まずいこの廊下に残っているのも嫌だと考えたのだろう。渋々頷くと、一年生男子に「こっちだ、行くぞ」と声をかけた。
剣淵が案内のために廊下の暗闇に消えた後、残されたのは佳乃と浮島である。
佳乃からすれば、浮島と二人残されるのは嬉しくないことだった。警戒心をあらわにして距離をとろうとした時、浮島が動いた。
静かな廊下に、がらり、と扉の開く音が聞こえた。振り返れば浮島が教室に入ろうとしていた。
「この教室ってなにがあるんだっけ?」
「だめです! 立ち入り禁止ですよ」
「みるだけ。なんだっけ、体育祭の看板?」
引き止めるも浮島は止まらない。教室から引っ張り出すべく実力行使にでて、その制服を掴もうとした時――
「あ、れ――」
慌てて動いたため、足がもつれる。バランスを崩した体がぐらりと前に傾き、態勢を整えようとしたのだがうまくいかない。
そのまま、教室に滑り込むようにして佳乃は倒れこんだ。
「いったぁ……」
なんとか受け身をとったため顔面からのダイブは避けたが、派手な転倒音が教室に響いていた。
そして。派手な転びっぷりを披露した佳乃を嗤う声。
「うわー。録画すればよかった。その転び方、サイコー」
「わ、笑わないでください! 浮島先輩が教室に入ろうとしたのが悪いんです!」
「えー? だって気になるじゃん」
そう言って浮島は廊下に向かう――のかと思えば、教室の出口でぴたりと足を止めた。背を向けたまま、佳乃に言う。
「ねえ。この教室ってさ、どうして立ち入り禁止なのか知ってる?」
「体育祭の道具が置いてあるからだと思いますけど……」
「ううん、違う。ホントはね、」
佳乃は耳を疑った。扉を閉める音がしたのだ。
教室の扉がレールを走り、ぴたりと閉まる。瞬間、カチャリと軽い音が聞こえた。
「浮島先輩……なに、して……」
この音はカギをかけた音だろうか。怪しく思う佳乃に、浮島は振り返る。
真っ暗な教室だというのに目は暗闇に慣れていて、浮島がにたりと意地悪い笑みを浮かべているのが見えてしまった。
「この教室、古いからさー。カギをかけてしまったら、外からじゃないと開けられないんだ」
カギをかけたら、廊下から開錠する必要がある。そしていま、浮島がカギをかけた音が聞こえた。
つまり。佳乃はこの状況を飲み込み、判断する。
「閉じ込められた……?」
「正解。ま、閉じ込めたのはオレだけど」
波乱の一年生合宿。浮島対佳乃の密室タイマン勝負がはじまる。