うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

 その時、扉が揺れた。
 カギがかかっていることを確かめるように数度扉を動かし、それからカチャリと軽い金属音がする。

「いま、開けるから」

 扉の向こうから聞こえたそれは佳乃にとって救世主の一声である。

 なんていいタイミングにきてくれたのか、助かるのだとわかった瞬間、緊張の糸が切れていまにも泣き出しそうに涙腺が緩んだ。
 しかし、一体だれが。救世主の声は剣淵ではない男のもの。となれば残るは――そして扉が開いた時、佳乃の目は丸くなった。

「遅くなってごめんね」

 走ってきたのだろう、息を荒げながら廊下に立つ人物。それは佳乃が想いを寄せている男、伊達享だった。

 助けがきてくれるのはうれしいのだが、伊達だと思っていなかったのだ。
 この密室に浮島と二人、それも迫られそうになっているこの場面を見られてしまった。佳乃の思考はパンクし、伊達を見上げたまま体は動きを止める。ばくばくと急いた心臓の音に支配され、言葉を発する余裕もない。

「あーあ。これからが楽しいところだったのに。伊達くんに邪魔されちゃった」
「よくわかりませんが、怪我はなさそうで安心しました。教室は暗くて、色んなものがおいてあるので、なにかあったらどうしようかと焦りましたよ」

 伊達は教室内に踏み込むと、座ったまま呆けている佳乃に手を差し出した。

「三笠さん。大丈夫?」

 王子様の手が差し出されて数秒、我に返って見上げると、伊達は制服から演劇用の衣装に着替えていた。桃太郎の鬼役というよりは吸血鬼で、吸血鬼というよりは魔王という衣装である。それにイケメンスマイルを組み合わせてくるのだから、こんな状況だというのに直視するのも照れてしまう。

 差し出された手を掴んで立ち上がる佳乃の元気な姿に、伊達は安堵の息をついた。

「よかったよ、劇がはじまる前で。劇がはじまっていたらしばらく助けにこれなかった」
「どうしてここに私たちがいるってわかったの?」
「二人が閉じ込められているって教えてもらったんだ。鍵を持っているのは生徒会役員だけだったから、それで僕に報せてくれたんじゃないかな」
「教える……? 誰がそんな――」

 言いかけて、頭に浮かぶ。

 二人がこの教室にいるのだと、気づけるとしたら――佳乃が思い浮かべた人物と同じ名を、伊達が言った。

「剣淵くんだよ」

 とっさに佳乃は廊下を見る。だが、廊下に剣淵らしき姿はなかった。

 剣淵は佳乃の危機に気づき、伊達を呼びに行ったのだ。他の生徒会役員ではなく伊達を選んだのは、佳乃に協力のつもりだったのだろうか。助けてくれたことへの感謝と同時に、戸惑ってしまう。三回目のキスをした後から、まともに顔も合わせてくれない男が、なぜ急に助けてくれたのだろう。

「……剣淵、どこにいるかな」
「演劇は見ないって言ってたから、A組の教室で休んでいるんじゃないかな」

 いま向かえば、演劇を見ることはできなくなるかもしれない。合宿にきたのはこのためだったのだが――それでも佳乃の気持ちは固まっていた。

「私、行ってくる」

 助けてくれたお礼を伝えたい。ちゃんと向き合って話したい。
 浮島と伊達を残し、佳乃は教室を飛び出した。
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