うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
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佳乃が去った後、浮島紫音は笑いだした。
「あはは、おっかしー。オレたちのこと完全無視じゃん」
剣淵にお礼を伝えることで夢中になっていたのだろう。一瞥もくれず去っていった佳乃の姿は、なかなか面白いものだった。
「いじりがいがあるよ。佳乃ちゃん、かわいいねぇ」
浮島がそう言うと、隣に立つ伊達も口元を緩めた。佳乃が消えていった教室の扉を見やり、すうと目を細めて返す。
「ええ。三笠さんはとても可愛いんですよ」
「あれれ? モテ男の伊達くんがそういうこと言っちゃう? 佳乃ちゃんに気があるの?」
伊達の返答が想像していたものと異なったため、深く掘りこんで聞いてみる。口調は軽く、からかうつもりだったのだが、伊達は動じずに淡々としている。
「気があるのは、あちらでしょうね」
「わかりやすい反応ばかりしているからねぇ。フラレちゃうなんて佳乃ちゃんかわいそーに」
「でも僕も三笠さんのことが好きですよ」
「よかったね両想いだ。青春だねぇ、早く告白しちゃえば? あのタヌキちゃんなら大喜びで尻尾ぶんぶんふって頷くと思うよ」
茶化しながら伊達の顔を覗き込む。この冷静な王子様が動じて面白い反応を見せることはないだろうと考えていたのだが、浮島の視界に飛び込んできたのは意外なものだった。
笑っている。
普段の穏やかなものではなく、意地悪で粘ついた冷笑。その視線は睨みつけるように細められて遠くを見ている。声のトーンは変わらずやはり淡々としたまま、伊達は呟いた。
「告白なんてしませんし、させませんよ。そんなこと」
それは聞き逃してしまいそうなほど小さな声量で、しかし静かな教室がその呟きを浮島に届ける。
言い終えると満足したのか伊達は教室を出て行った。挨拶も振り返ることもなく、まるで浮島に興味がないかのように。
一人残された教室。くつくつと喉の奥で笑いながら、浮島は俯く。
おばかな後輩は、気づくことがないのだろう。浮島だけが掴んでしまった黒い尻尾、これは一筋縄ではいかない相手かもしれない。
浮島が悪魔だとするならば、あの男は悪魔ではなく――例えるならばなにがいいだろう。魔王、いやもっと未知の生物がふさわしい。とにかく伊達は、浮島の想像を超えたどす黒いものを抱えている気がしたのだ。
「ふふっ、面白くなってきちゃった。どう料理しようかねぇ」
三笠佳乃は面白い。浮島に向かってあんなことを言う人ははじめてだった。人に踏み込まない本気にならないなんて、場をしのぐための勘頼りな発言だとしても、興味深くてもっと遊びたくなってしまう。
この高校に入って三年目。ようやく面白いものを見つけたのだ。
考えるだけで胸が弾んでしまう存在。信じ難い呪いにかかっていて、その癖感情が顔にでるし、たまに浅はかな企み事をしては策に溺れてしまう。見ていて飽きることのない子だ。
三笠佳乃の姿を頭に浮かべ、浮島はにたりと口元を緩めた。