うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
「演劇終わったら、次はなにやるんだっけ?」
「花火だとよ。校庭でやるんだろ」
「うわー。伊達くんと一緒に見たかった!」
演劇を見に行っていたら、もしかすると伊達と一緒に花火を見ることができたのかもしれない。だが演劇がはじまってしまえば体育館に入ることはできない。
いまになってこの選択を悔やむ。体育館まで行けばよかったのだ。
後悔し叫ぶ佳乃を見るなり、剣淵は「お前、ほんとバカだな」と吹き出して笑った。
「変なとこ抜けてるっていうか、なんかずれてんだよなお前。だから体育館行けって言ったじゃねーか」
「花火のこと忘れてたの。そこまで笑わなくてもいいじゃない」
「ま、諦めるしかねーな。花火ぐらいここからでも見えるだろ」
確かにこの教室なら花火が見えるかもしれない。一緒にいる相手が剣淵というのが残念だが、いまさら伊達を追いかけることもできず、諦めた。
「……変なの」
剣淵と一緒に花火を見るのか、と改めて考えていたところで佳乃は自嘲気味に呟く。すると窓に視線を移していた剣淵が意味を問うように振り返った。
「最近ずっとしゃべってなくて、合宿でも目は合わせない言葉も交わさない。無視してきたやつと二人で花火見てる、ってなんだかおかしいよね」
「ああ、それは――」
「理由は、三回目の……アレ、でしょ?」
「それもある。お前に近づいたらまたおかしなことしちまうんじゃねーかって怖い」
「他にもあるの?」
そこで剣淵はなにかを言いかけようと口を開いたのだが、それ以上の言葉を紡ごうとしなかった。俯いて、手で顔を覆い隠す。その仕草から三回目のキスよりも剣淵を悩ませるものがあるのだろうと佳乃は察した。
「それって私に関係ある悩み?」
だからこの場で言えなかったのではないか。だとするなら、佳乃で解決できることならば助けてあげたいと思った。雨の日曜日、それに今日と続けて剣淵に助けてもらっている。恩を返したい気持ちから好奇心をぶつけてみたのだが、なかなか剣淵は答えてはくれなかった。しばらく待ってようやく、か細い声で返ってくる。
「……気にすんな。浮島さんに変なことを言われただけだ」
浮島ならば、剣淵を悩ませる発言をしていそうだ、と納得して佳乃は頷く。
「剣淵、からかわれてるもんねぇ。浮島先輩のお気に入りじゃない?」
「勘弁してくれ」
吐き捨てるようにして言うと、剣淵は顔をあげた。そこに先ほどの悩みは残っていないようだったが、わずかな憂鬱はあった。解決というより、忘れたふりをしたのだろう。
そしてちらりと佳乃に視線を移し、別の話を持ち出した。
「もうすぐ体育祭だろ。お前、どの種目にでるんだ?」
話題は来月行われる体育祭である。ビッグイベントなのだが、佳乃にとっては気が重い日だ。
この学校では紅白戦を採用しており、クラスを二つにわけて紅組と白組に振り分けている。佳乃と剣淵は紅組だ。
種目はいくつもあり、学年選抜リレーや全員参加の競技以外は自ら参加を選ぶことができる。佳乃からすれば自由参加の競技はすべてお断りしたいところだが、最低でも一つは選ばなければならず、渋々選んだのが――
「……パン食い競走」
これならばぶっちぎりの最下位になったとしても、景品のあんぱんが手に入るのだから少しは気分が楽になるのではないかと思ったのだ。
佳乃が答えると、剣淵は目を丸くして首を傾げた。
「は? それしかでねーの?」
「あとは……日光浴担当です」
本音をいえば、リレーだとか二人三脚だとかのいかにも体育祭らしい競技に憧れている。だがリレーは学年選抜のため、学年で足が速い生徒四名しか選ばれることができず、もちろん佳乃は選外だ。
二人三脚もこの学校では性別問わずペアさえ組めば参加できるのだが、運動神経の悪い佳乃にペアの誘いがかかることはない。自ら誘うことも、相手に申し訳ないと思ってできずにいた。
「っ、はは、なんだよそれ!」
日光浴の単語から佳乃はパン食い競走以外に出場しないのだと気づいたらしく、剣淵は笑いだした。ツボに入ったのかケタケタと声をあげ、顔をくしゃくしゃに歪めて豪快に笑っている。
「仕方ないでしょ。運動苦手なの。あんたとは違うんだから」
「悪い悪い、んな怒るなって」
そのパン食い競走の最下位になるだろう佳乃と違って、運動神経の良い剣淵は各種目に出てくれと頼まれるほどの人気っぷりだ。花形競技の学年選抜リレーでは陸上部を差し置いて剣淵が選ばれた上に、学年で最も足が速いからと二年生レースのアンカーを担当することが決まった。そんな剣淵ならば佳乃よりも体育祭を楽しめるのだろう、泣きたくなるほど羨ましい。
ふてくされた佳乃が剣淵を睨みつけていると、ごまかすように咳払いをして、それから言った。
「日光浴してるなら問題ねーだろうけど。当日、昼食休憩の後、空けておけ」
「どうして?」
佳乃が聞き返すと、剣淵は首を傾げて「さあな」ととぼけた。その口元がかすかに緩んでいることから、昼食休憩後の話は佳乃にとってそこまで悪いものではないのかもしれない。