うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

***

 剣淵が伊達を信じられなくなったのは、階段踊り場での出来事だけが理由ではない。

 それはいつだったかの日曜日、佳乃と伊達がデートをすることになった春の日だ。雨でずぶ濡れになった佳乃を放っておけなかったのは可哀相だからと哀れんだだけではない。助けなければならないと思ったのだ。

 剣淵が佳乃の姿を見つけた時、それよりも少し遠くで見つけてしまったのだ――こちらをじいと見つめている、伊達享の姿を。
 伊達は、噴水前のベンチを見渡せるコーヒーショップにいた。窓際の席に腰かけ、肩肘をついて余裕ぶった顔をしている。

 佳乃と待ち合わせをしているはずなのにどうして店内にいるのか。佳乃がこんな姿になってまで伊達を待っているのに、どうして声の一つもかけないのか。伊達が取る行動の理由はわからなかったが、佳乃を迎えにくることはないのだろうと察した。

 だから、助けなければならないと思った。傷つけられているのであろう佳乃を無視してしまえば、いつか後悔する。夏の記憶が浮かんで、剣淵は佳乃に手を差し伸べたのだ。

 それは正しい行動だったと思っている。あの日掴んだ佳乃の手はひどく冷えていた。それは雨だけが理由ではない、伊達を信じると言っていたが傷ついていたのだろう。だから助けてよかったのだ。


「……伊達!」

 息を切らして、駅前のコーヒーショップに着いた時。剣淵は自らの推理と勘が正しかったのだと確信した。前回と同じ席。噴水前のベンチがよく見える窓際の席に、伊達がいる。

 周囲が振り返るほど大きな声量で名を呼ぶと、伊達は振り返って眉をひそめた。

「また君か。よく会うね」
「てめぇ、白々しいこと言いやがって……」

 窓の向こうをちらりと見やれば、噴水前のベンチに佳乃がいた。傘をさしていたため雨に濡れてはいないだろうが、待ちきれなくなったのか濡れたベンチに座っている。いよいよ座るほどに待ち続けているのだろう。心細そうなその姿に、剣淵の怒りが煽られた。

「んなとこで何してんだ! さっさと三笠のところに行け!」
「うるさいなぁ。もう少し静かにしゃべってもらえないかな」

 怒鳴りつけても伊達は微動だにしない。紙カップに残ったコーヒーに飲み干し、呑気にしている。

「前回も今日も、てめぇから誘ったんだろ? なのにどうして行かねーんだよ」
「どうして……って言われてもね、」

 話すの面倒だ、とばかりに伊達がため息をつく。だが剣淵の迫力に圧されたのか、普段学校では聞かないような低い声色で続けた。

「これもデートなんだよ。僕はね、三笠さんが困ったり苦しんだりしている姿を見るのがとても好きなんだ」
「……んだよ、そりゃ」
「特にあの子の泣き顔が最高なんだ。不安にさせて傷つけて、もっといじめたくなる」

 くつくつと喉の奥で笑う伊達に、一瞬ほど剣淵は言葉を失った。危険な男だとわかっていたが、その目的がはっきりと語られれば慄いてしまう。

「今日のことも楽しみにしているって言っていたんだ。あんなにオシャレまでして、健気で可愛いね。いい子だからこそ、ずたずたになる姿が見たいんだ。君もわかるよね?」
「……わかんねーよ」
「残念だな。こうして何回も妨害するぐらいだから、剣淵くんも三笠さんのことが好きなんだと思ったのに」

 それは違う、と否定しようとしかけて飲みこむ。その間に、伊達が続けた。

「僕は君に感謝しているんだ。君はいつも三笠さんを困らせて、苦しめてくれるから。特に体育祭は感謝しているよ、狙い通りに三笠さんと代わってくれた」
「は……なんだよ、それ……俺が三笠と交代すると思ってたのか?」
「そうだよ。三笠さんを転ばせる。そして全校生徒の注目が集まる中で彼女を抱きかかえるんだ。僕はそれなりにモテるから、三笠さんは女子たちに妬まれるだろうね。どんな風にいじめられるのかな、すごく楽しみだよ」

 恍惚の笑みを浮かべて、ふふ、と怪しく笑う姿に、剣淵は顔をしかめた。
 悪趣味だ、と軽蔑をこめて伊達を睨みつける。佳乃を抱きかかえて保健室まで運んだのもすべて佳乃を傷つけるためだったのだ。

「さて。興がそがれちゃったし、移動しようかな。剣淵くんとデートしたくてここにきたわけじゃないんだよね」

 あーあ、と剣淵を責めるように呟いて、伊達が立ち上がる。
 これで佳乃のところへ行くのだろうか。訝しんで睨みつける剣淵に答えるように、伊達が言った。

「……僕は行かないよ。三笠さんのことが好きだから、傷つけてやりたくなるんだ」

 恋愛の経験なんてない。好きというものがどういうものかもわからず、浮島に言われたことに対して自分なりの答えを出せていない。

 それでも、伊達が語る『好き』は違うのではないかと剣淵は思った。
 この単語だけならば佳乃が聞けば泣いて喜ぶだろう。しかしその時、佳乃はどんな姿になっているだろうか。体中に傷をつくり、ボロボロになっているのではないか。どれだけ待たされても、雨に打たれても、佳乃は伊達を信じていた。

『ここで伊達くんを待つの。遅れているのはなにか理由があるからだよ』
『きっと何かあったんだと思う。私に連絡もできないような、ちょっと大変なこととか』

 そして剣淵が手を差し伸べた時、佳乃がこぼした本音も。覚えている。

『こんな風に今日を終えるつもりじゃなかったの、ずっと楽しみにしてきたのに……』

 あの日の冷えた指先が忘れられず、それは伊達が仕向けたことだったのだと気づいた瞬間。
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