うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
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憂鬱だ。とにかく憂鬱だ。
二人がどんな話をしているのか、それがわからないために気持ちが晴れることはない。伊達の態度から剣淵に対して好感を抱いていないのだろうと予測するも、誤解されてしまっていたらと不安が消えてやくれない。
好きな男の目の前で他の男とキスをし、さらに壁ドンまで目撃されている。屈辱でしかない。ここまで見られてしまって本当は伊達のことが好きなのだ、と伝えられるわけがなかった。
足取り重たく廊下をとぼとぼと歩く。かばんを残していたためまっすぐ帰ることはできず、佳乃は教室に向かった。
クラスメイトもまばらにしか残っていない教室に入ると、佳乃を待っていたらしい菜乃花が立ち上がる。
「佳乃ちゃん! かばん残したまま戻ってこないから、心配してたの」
佳乃を案ずる聞きなれた声に安心して緊張が緩んだ。菜乃花に駆けより抱きつく。
「菜乃花ぁ……」
「何かあったのね?」
佳乃の目が赤く腫れていたことから察したらしく、抱きついてきた体を優しくさすりながら菜乃花が言う。それは子供をなだめるような優しい声色だった。
「ここだと目立つから空き教室に行こう? お話、聞かせて」
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幼馴染である菜乃花は佳乃の良き理解者である。さんざん佳乃を苦しめてきた呪いのことを知っている一人でもあった。親でさえ鼻で笑って信じてくれなかったこの呪いを、菜乃花は疑わずに信じている。佳乃の性格をよく知り、嘘をついて傷つかないようにサポートまでしてくれる素晴らしい親友だ。
それが、絶句している。昨日から続く一連の出来事を聞き終えると人形のように美しい菜乃花は唖然としていた。
「今朝の様子から剣淵くんと何かあったのかなと思ったけど、そんなことがあったなんて」
「菜乃花の言う通りだったよ。呪いを悪用したから罰が当たったんだ……」
「だから言ったのに。佳乃ちゃん、悪いこと考えている顔していたもの」
「これで私の片思いは終わり……もうだめだぁ……」
空き教室の中央。埃かぶった席に腰かけていた佳乃は机に突っ伏して盛大なため息をつく。
「まだ終わりじゃないと思う。だって、伊達くんからハンカチを借りたんでしょう?」
菜乃花に言われて思い出し、ポケットから取り出す。涙を吸ってぐしゃぐしゃになったハンカチが纏う甘い香りは伊達と佳乃を繋ぎとめているようだった。
「まだチャンスはあるよ。例えば、ハンカチを返す時に助けてくれたお礼をしてみる……とか」
「お礼って、何がいいかな」
「うーん……伊達くんが喜ぶものがいいんじゃないかしら。お手紙、好みのものとか」
だがお礼を用意したとして伊達は受け取ってくれるだろうか。はっきりと拒絶されてしまえばいよいよ立ち直れない。気持ちは折れてしまい、この恋を諦めてしまうだろう。
全てはこの呪いのせいだ。キスなんてされなければ。考えるほど苛立ちが集っていく。
二日間分のストレスも合わせ、ついに噴出した。
「もう、やだ! こんな呪い、欲しくなかった! 普通の女子高生がよかった!」
バン、と強く机を叩きながら叫ぶ。それでも胸のうちに溜まった黒いものは晴れそうにない。
「嘘をつくたびにキスされる呪いなんて、勘弁してよ!」
廊下に響くほど大きな声量だったが、放課後の空き教室だ。生徒が使うことはめったにない。
それに、この怒りをどこかにぶつけなければ気がすまない。叫んだ程度じゃ足りない、このまま暴れて空き教室の机をなぎ倒したいところだ。
荒んだ佳乃をとめたのは菜乃花の一言だった。叫ぶ佳乃に動じず、小首を傾げて提案する。
「ノーカウントにしたらどうかしら。嫌なことは忘れちゃえばいいと思うの」
「忘れ……る?」
「そう。伊達くんにハンカチを返してあれは誤解だと説明したら解決。剣淵くんのことは全部忘れちゃった方が楽になるかも」
その提案について考えながら、唇に触れてみる。キス事件や壁ドン事件から時間が経っていないこともあり、あの感触や緊張感が残っていた。
ノーカウントにして、忘れることができるだろうか。菜乃花を心配させまいと隠すも、佳乃の心には不安が燻っていた。