うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

 身を強張らせてクローゼットの奥に潜んでいると、足音が聞こえて、それからクローゼットが開かれた。

 念願の外の光である。それと、少し照れくさそうにしている剣淵がいる。

「悪かったな。出てこい」

 なんて気まずいのだろう。目を合わせることができず、佳乃は俯きながらふらふらとクローゼットを出た。

 佳乃が出たところで、剣淵は早々にクローゼットを閉める。それから隠れる前と同じ位置、テーブルの前でどかりと腰をおろして深く息をついた。

 てっきり、帰れと言われるのではないかと思っていただけに、座りこんだ剣淵をみて佳乃も真似る。おずおずと対面に座れば、剣淵が口を開いた。

「聞こえてたと思うけど、あれ、姉貴だから」
「う、うん……ごめん、聞こえてた」

 一体どこで佳乃の存在に気づいたのだろう。首を傾げながら、乾いた喉をうるおそうとマグカップに手を伸ばして「あ」と佳乃は小さな声をあげた。

 テーブルに二つ、マグカップが残ったままだったのだ。これでは来客がいると明かしているようなもの。そして玄関に佳乃の靴も残ったままだろう。剣淵に比べれば明らかに小さく可愛らしいデザインの、女物の靴だ。これで剣淵の姉は、彼女がきていると考えたのだろう。正確には彼女ではなくただのクラスメイトなのだが。

 なるほど、と納得しながら佳乃はカップに口をつける。カップはすっかり冷めてしまい、お湯どころか湯冷ましへと変わっていた。

「……ここ、姉貴の家なんだよ」

 佳乃に会話を聞かれてしまったことで吹っ切れたのか、剣淵が語る。

「俺ん家、小さい頃に両親が離婚してんだ。んで俺と姉貴は親父に引き取られたんだけど、やりたいことがあって、一人暮らしさせてもらってる」
「でもお姉さんは別の家に住んでいるんでしょ?」

 二人で住むにしては狭く、見渡してもベッドは一台しかない。佳乃が聞くと、剣淵は頷いた。

「結婚して、別の家に住んでる。ここは手放す予定だったんだけど俺が借りた。だから姉貴、勝手にくるんだよ。飯持ってきてくれんのは助かるけど、勝手にくるんじゃねーっての」

 忌々しげに呟いているが、姉のことを嫌っているわけではないのだろう。表向きは嫌がりながらも、表情はやわらいでいる。

「……ねえ、どうして一人暮らししているの?」

 いまなら、詳しく聞けるのではないかと思ったのだ。剣淵が探しているもの、理由。クローゼットの中で見つけた好奇心は、まだ佳乃の胸元で疼いて止まない。

 佳乃の問いに剣淵は黙りこんでいたが、やがてゆっくりと口を開いた。

「前に、確かめたいものがあるって言っただろ。それは姉貴が言ってた、UFOのことなんだ」
「UFOって……未確認飛行物体、だっけ」
「ああ。前に一度見たことがある……と思うけど、よくわからねー。だから探して、確かめたい」

 また、だ。じいと前を見据えて真剣な表情をする剣淵に、目が奪われてしまう。
 走る時と同じ、まっすぐ進んでいく力強さを感じる。

 だが同時に佳乃は、UFOや未確認飛行物体という言葉を口にしてから居心地の悪さを感じていた。オカルト趣味への嫌悪はないのだが、毛虫がぞわぞわと体中を這いまわっているかのように肌が粟立ち、吐き気がする。そんな佳乃の状態に気づくことなく、剣淵は続ける。

「そのために転校してきた。一人暮らしのために成績上位を維持しろなんて面倒な条件だされたけどな」
「だから、勉強してたんだ」
「まーな。走るのは好きだけど、部活に入ったら成績落ちるだろ。それなら部活に入らないで勉強して、ここに住んでUFO探しした方がいい」

 勉強、部活、あらゆる行動が繋がっていく。剣淵は、この目的を叶えるために努力をしていたのだ。外見や粗暴な態度からは想像のつかない、ひたむきな姿。

 どくり、と心臓が跳ねた。この家にくるたびに触れる剣淵が隠し持っていた一面に、佳乃の知らない何かが喜んでいるかのように。

「UFOを探しだしたら確認したいんだ。あの日俺が見たもの、助けられなかったものがどうなったのか――変な話して悪かったな、笑ってくれ」

 そこで剣淵は話を打ち切り、顔をそらした。佳乃が呆れていると思ったのかもしれない。


「手伝うよ!」

 佳乃は立ち上がって、言った。

「剣淵にたくさん助けてもらったから、今度は私が協力する」
「は……お前が?」
「UFOについて詳しくないけど、力になるから!」

 協力を名乗り出たのは、伊達と佳乃の仲を取り持とうしてくれたことへの恩返しだけではない。

 嬉しかったのだ。剣淵が隠しているものに触れ、彼のひたむきに追い求める姿が胸を焦がす。まっすぐ向けられた情熱を佳乃も追いかけてみたいと思った。

 UFOを信じる信じないは佳乃にとって問題ではない。剣淵が、その目的を達成できればいいと考えるだけ。

「一緒に探そう!」

 佳乃が叫び終えた後、部屋は静寂に包まれた。

 そこに雨音は聞こえない。どうやら天気予報は外れてしまったらしく、分厚い雲の切れ間から伸びたオレンジ色の光が、濡れたアスファルトに反射されて、室内を照らす。
 長く続いた雨があがりその先にあるのは、協力を名乗りでた佳乃に頷く剣淵の姿だった。
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