うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

***

 その日の放課後。佳乃は久しぶりに空き教室へと向かった。
 というのも今回は浮島に呼び出されたわけではない。剣淵と例のUFO探しについての話をするためだ。

 今日話すと決めていたからか、剣淵は資料らしきファイルを持ってきていた。ファイルはほとんどのページが資料のコピーや切り抜きでみっちりと埋まっている。背表紙には番号がふってあることから、家には似たようなファイルがいくつもあるのかもしれない。

「すごい。こんなに調べてたんだ」
「趣味みたいなもんだからな」
「へえ……あけぼの町がオカルトスポットなんだ」
「ああ。あの町だけ再開発が遅れているのはそういう理由もあるんじゃねーかって言われてる」

 この話をしている時、剣淵は楽しそうにしている気がした。表情は普段通りなのだが、雰囲気が柔らかい。質問をすればすぐに答えてくれ、さらに饒舌だ。こんな剣淵は初めてだった。

「あけぼの町……か」
「中学生の頃から夏休みのたびにあけぼの町にきたけど、土地勘がねーから探せなかったんだ」
「土地勘ね……それは私も厳しいかも。駅前は何度か行ったことあるけど、それ以外は十一年前に行ったきりで自信ないなぁ

 十一年もあれば景色は変わる。それに子供の頃の記憶であってあやふやなものが多く、昔に行ったあけぼの山でさえ、迷わずに辿り着ける自信がなかった。

「……詳しいヤツがいればいいんだけどな」
「まずはあけぼの町出身の人を探したほうがいいかな?」

 やることの一つが見えてきたところで――教室の扉が開いた。

「やっほー。楽しそうにお話してるぅ」

 からからと陽気な声音は、浮島紫音のものである。振り返ってその姿を確かめた佳乃は、嫌な人物の登場に顔をしかめた。
 だが剣淵の反応は佳乃と違っていた。つかつかと教室に入ってくる浮島にまったく動じていない。それどころか「どうも」と呑気に挨拶までしている。

「浮島先輩! ま、また乱入しに……!」
「乱入? アハハ、そんなことオレがするわけないじゃーん。可愛い後輩ちゃんに呼び出されたから来ただけだよ」

 可愛い後輩の呼び出し、と聞いて自分の行動を思い返してみる佳乃だったが、思い当たるものはない。まさかと剣淵に目をやれば、名乗り出るかのように大きく頷いた。

「俺が呼んだ」
「は? え、なんで!?」

 自ら浮島を招き入れるなど、問題ごとを抱えようとするだけではないか。薪を背負って火に飛び込むようなもの。ガタッと机を揺らして立ち上がり動揺する佳乃に、剣淵が答えた。

「隠してたってどこかでバレる。それに浮島さんは面倒ごとばかり起こして巻きこんでくるが、それなりに信用はしてる」
「オレがいるのにその言い方ひどくない? もっと信用してよ」
「頭のおかしなことばかりするし理解はできねーけど、芯はあるって感じがする」

 剣淵の物言いに浮島は唇を尖らせて不満を訴えていたが、しかしそこまで嫌ではないのかもしれない。どことなく、嬉しそうにしている気がした。

「……で。連絡した通りだが、俺たちはUFOを探してる」
「その連絡もらった時、五回ぐらい本文読みかえしたし、めちゃくちゃ笑ったよ。『UFO探すんで手伝え』ってパワーワードすぎない? 本当にUFO探してるの? 剣淵くん、頭打っておかしくなった?」

 浮島は、堪えきれないとばかりに声をあげて笑い、ぽんぽんと剣淵の肩を叩いていた。佳乃からすればそれは予想通りの反応である。浮島のことだから、これをネタにして剣淵をからかうのだろうと思っていた。だから浮島なんて呼ばなければよかったのに、とため息をついたところで、笑い声が止む。

「――ま、ヒマだから付き合うけど。おもしろそーだし」

 そう言って、浮島は空き椅子に腰をおろした。その瞳は新しいおもちゃを見つけた子供のように爛々と輝いている。

「早速だけど。あけぼの町に知り合いいないか? 探している場所があるんだが土地勘がなくて困ってる」
「あけぼの町……あー、そういう場所だって言われているんだっけ? オレの知り合いにはいないね。オレもあんまり行かないからなー」

 浮島ならば交友関係が広いから知り合いがいるかもしれないと期待したのだが、それはあっさりと打ち砕かれた。そうなれば他にあけぼの町に詳しい人を探すしかない――と思ったのだが、浮島が続ける。

「でも、蘭香センセーなら知ってるかも」
「蘭香さんが?」

 意外な人物の名が出てきたことで佳乃が反応する。
 蘭香については、ここにいる誰よりも詳しいと思っているのだが、UFOや宇宙人といったオカルトが好きもしくは趣味があるなんて一度も聞いたことがない。どちらかといえば、それを笑い飛ばしそうな豪胆な人である。

「なんでだったか忘れちゃったけど、前に話したことあるんだよね。あけぼの町がオカルトスポットだって話も、蘭香センセーから聞いたんだよ」
「なるほど。でもどうして詳しいんだろ」
「さあ、オレは知らないけど……とりあえず蘭香センセーに聞いてみたら?」

 浮島の提案に剣淵が「決まりだな」と頷いた。次にするべきことが決まったところで、佳乃が手をあげる。

「蘭香さんに話す前に、菜乃花に話しておいてもいいかな? その方が蘭香さんと話す時間がとりやすくなると思う」

 蘭香は菜乃花の姉である。菜乃花が知らない間に、蘭香に相談すれば、疎外感を抱いてしまうのではないかと佳乃は思ったのだ。それに、蘭香にアポイントをとるのは佳乃よりも菜乃花の方が適任である。

「わかった。お前に任せる」

 こうしてUFO情報収集がはじまった――と思ったのだが。

「佳乃ちゃん、スマホ鳴ってる」
「え、うわ、ほんとだ!」

 授業の間マナーモードにして解除を忘れていた佳乃のスマートフォンがぶるぶると震えている。浮島に指摘されて気づき、慌ててポケットから取り出す。そして画面を見て、佳乃の体が硬直した。

「……あ、」

 着信。それからメッセージが一通。どちらも名前に『伊達享』と表示されていた。

「だ、伊達くん……」

 連絡がきた喜びに思わず呟いてしまう。

 伊達からのメッセージには『まだ学校にいる? 少し話せないかな』と書かれていた。その文章を何度も読み返すと、がたがたと机を揺らしながら慌ただしく立ち上がった。

「用事思いだしたから! 私、帰るね!」
「お、おい! 三笠――」
「続きはまた今度! 連絡するから!」

 スマートフォンを握りしめて、走る。どうやら伊達はいつぞや剣淵の壁ドンを食らった、階段踊り場で待っているらしい。教室を出て廊下を駆けながら『いまから行くよ』と返信をした。

 日曜日のデートの後から伊達に会っていない。デートは中途半端に終わり、おまけにキスまでしてしまった。どんな顔をして会えばいいだろうかと恥ずかしさを抱きながら、しかし伊達に会えることが嬉しくてたまらない。

 それに今日の風当たりの厳しさを伊達も味わっているのだとしたら。嫌がらせにあっているのが佳乃だけならいいと考えながら、伊達の元へと向かった。
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