うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
当たっているのかはわからない。だが佳乃はそう感じたのだ。一言ずつゆっくりと噛みしめ、嘘偽りのないものを紡いでいく。
「怒っている浮島先輩は少し怖かった……けど嫌いじゃないです。いつもより真剣で、臆病なところもあって、でも本気で私を試そうとしてる」
浮島が語ったように、純情なふりをして様々な男とキスを楽しむ佳乃ならば、誘いにのって嘘をついたかもしれない。もしも誘いにのっていたならば、浮島は佳乃が自らの想像通りだったことに落胆していただろう。そういう子は好きだと何度も浮島は口にしていたが、あれは嘘であって、本気で踏みこんでいい存在なのかと確認している気がした。
佳乃の考えは間違ってはいないのかもしれない。浮島紫音は険しい顔つきをぴくりとも動かさず、黙って聞きこんでいた。
その無言が崩れたのは、佳乃が言い終えてからしばらく経ってからのことだ。実際は数秒ほどの間だったのだが、重たい無言によって長く時間が経過した気になっていた。
「合宿の時も今日も、本気になれ、って同じことばかり言うね」
「偉そうなことばかり言ってごめんなさい! でも……私はいまみたいに本気でぶつかってくる浮島先輩の方が好きです」
「じゃあ――本気になるよ」
浮島が纏う空気が変わっていく。そこに怒気はなく、普段の飄々としたもの――なのだが、違和感があった。
「オレ、佳乃ちゃんが好きだよ」
違和感の正体は、鼓膜から脳へ。いつもはスムーズに行われる伝達作業が、今回ばかりは鈍くて動かない。伝達経路のどこかで渋滞が起きているのかもしれないというほど、飲みこむのに時間がかかる。さらには、階段踊り場は涼しいとか、今日の夕飯はなにだろうとか。無駄なことを考えて誤魔化そうとしてしまう。
もしかしたら現実ではないかもしれない、と改めて浮島紫音を見やるのだが、あの静けさが嘘だったかのように、にっこりと微笑んでいる。
「オレになびかない女の子なんて初めてだよ。ずっとそばにいたいし、からかっていたい。だからオレ、佳乃ちゃんが、」
「ちょ、ちょっとまってください! そ、その好きってそれは――」
ようやく声を発することができ、浮島の発言を遮る。
慌てふためく佳乃と違い、浮島はあっさりと答えた。
「恋愛として好きだよ。本気になれって言ったの佳乃ちゃんでしょ」
「それは……言いましたけど! でも意味は違います」
「そうかなぁ、意味あってると思うけど。それで返事は? オレと付き合ってくれないの?」
からかっているのだとわかっているのに、恥ずかしくなってしまう。この階段踊り場が西向きだったのなら、佳乃の顔を赤く染めているのは夕日のせいだと言えたのに。
佳乃は浮島から視線を外す。
「わ、私は……伊達くんが好きなので……先輩の好きには答えられなくて、その……」
その言葉に嘘はないはずだった。
素直に、いまの気持ちを口にしただけなのに。
浮島が目を伏せ、それからゆっくりと瞼を開いた時――そこに光はなかった。同時に、じり、と距離を詰める。そこに言葉はなく、浮島の動きも操られているかのように不自然だ。
「う、浮島先輩……?」
浮島の指先が佳乃の顔をぐいと持ち上げる。
まさか、呪いが発動したのだろうか。いやそんなことはない。嘘はついていないのだ。だというのに――
「せんぱ――っぅ、」
落ちる。
重なる影と、重なる唇と、重なる温度。