うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

***

 菜乃花から「お姉ちゃんと話す時間作れたよ」と連絡が入ったのは、それからしばらく経った頃だった。

 夏休みを目前に控えた放課後、保健室へ向かうと蘭香が待っていた。狭い保健室に、佳乃と菜乃花。さらにUFO探しのメインでもある剣淵におまけの浮島と、四人が押し掛けるのだ。ぞろぞろと入ってきた生徒たちを見るなり、蘭香は苦笑していた。

「……菜乃花から聞いてたけど、すごい顔ぶれね」

 蘭香は、丸椅子に腰かけた四人の顔を見渡した後に、浮島に向けてにやりと微笑んだ。

「男子生徒と一緒に行動してるなんて珍しい。いつも女の子連れか、授業サボりで寝にくるだけなのに」
「オレが連れてきてるわけじゃないよ。女の子がついてくるだけ。あとサボりじゃなくて蘭香センセーとお話しにきてるだけだから」
「はいはい。モテる男はうらやましいわ。菜乃花から聞いてるけど、あんまり佳乃をからかわないでね。この子、正直者だから」

 呪いの件を浮島にも知られていることは、蘭香にも伝わっている。正直者、という言葉を使ったのは蘭香なりのサインだ。それに気づいた浮島は「なるほど?」と、にたりと口を緩めて呟いた。

 次に蘭香の視線が向けられたのは剣淵だった。

「あなたは転校生クンでしょ? 体育祭で大活躍してた子」
「どーも。剣淵奏斗っす」
「剣淵、奏斗……ね」

 その瞳がすっと細まったと思えば、頭から足の先までじろじろと剣淵を眺めている。何か意味があるのか、それとも体育祭のヒーローを確認したいだけなのか、蘭香の表情から真意を読み取ることはできなかった。

 観察を終えたらしく、蘭香は自席へ戻る。今日もお色気満載なセクシー養護教諭ファッションの蘭香が足を組んで座る姿は、同性の佳乃から見ても羨ましい。すらりと伸びた脚は細く、綺麗な着せ替え人形のようだ。

「それで、UFOを探しているんだっけ。どうして探しているのか、教えてもらってもいい?」
「そういえばオレも、探してる理由は聞いてなかったなぁ」

 皆の視線が剣淵に集まる。UFOなんて存在するかもわからないものを確かめる、そのために転校してくるほどなのだ。よほどの理由があるのだろう。

 剣淵はというと、椅子に腰かけ、俯いていた。話したくないという拒否よりも、話していいものかと悩んでいるようだった。その逡巡に時間をかけ、ようやく剣淵の唇が動く。

「……小さい頃、UFOを見た」
「えー? 寝ぼけてたとか、夢とかじゃなくて? 剣淵くん、天然なとこあるじゃん?」
「そうじゃないと信じてるけど、その時に見たものが本物なのか、幻なのか確かめたい」

 浮島のからかいを軽くかわして、剣淵は続ける。

「俺が小さい頃、この町に遊びにきたことがある。いまはもうなくなったけど、親戚の家があけぼの町にあったんだ」
「一度見たことがあるって、その時の話を詳しく聞いてもいいかしら?」

 質問をする蘭香に頷き、剣淵はゆっくりと語りだす。

「俺が小学生の時だ。話すとめんどくせーんだけど、色々と事情があって夏の間にあけぼの町にある親戚の家にきてたんだよ。そこで……仲良くなったやつがいて、」

 そこで剣淵の言葉は途切れた。誰かが水をさしたわけでもなく、ただ剣淵自身が躊躇っているようだった。しかし無言の空気に圧されたのか、再び語る。

「いつものようにそいつと遊んで……どこかの森、いや山かもしれない。とにかくそこでそいつがいなくなった。俺はそいつを探して、すぐに見つけたけど――」
「もしかして、UFOがいた、とか?」
「……あれがUFOだったのかは俺にもわからない。でも不思議な青い光が伸びて、そいつがその中に吸い込まれるようにして消えていった」

 次に口を開いたのは浮島だった。普段のようにへらへらとした顔つきではなく、真剣なまなざしを剣淵に向けている。

「その子の名前は?」
「覚えてねーんだ。おい、とかお前、って呼んでたからな」
「あー、剣淵くんらしいねぇ。想像がつくよ。それで、その子は見つかったの? それとも、いなくなった?」
「その不思議な光が消えて、そいつが倒れてた。家に帰ったけど様子はおかしかった……かもしれない。それからは色々と面倒なことが起きて、あけぼの町から遠ざかったから俺もよくわからねーんだ」

 言い終えると剣淵はため息をはいた。これで話は終わりなのだろう。

 それと同時に、蘭香の視線が佳乃に突き刺さった。まるで観察するかのようにじっと見つめられているのだが、その理由はさっぱりわからない。佳乃は首を傾げるが、蘭香は答えず、再び剣淵へと視線を移した。

「詳しく教えてくれてありがとう。私はそこまでUFOとかオカルト話に詳しくないけど、一つだけ思い当たるものがあるわ」

 机の上に広げたあけぼの町の地図に、赤いペンで印をつける。

「この場所、あけぼの町でも特に有名なオカルトスポットらしいの。町の人たちからは『あけぼの山』って呼ばれているらしいわ」
「あけぼの山が?」

 その名前を聞いた瞬間、佳乃は立ち上がった。その反応に蘭香はにやりと微笑み、菜乃花の表情にも困惑の色が浮かんだ。
「あたしの知人がね、オカルトマニアでこの話をしていたのよ。剣淵くんの話を聞くにあけぼの山が思い浮かんだんだけど」
「あの山にそんなの……ある、のかな」
「あたしも知人に詳しく聞いてみるから、まずはあけぼの山を調べてみてもいいんじゃない?」
「ねえ、佳乃ちゃん」

 夏の記憶を手繰り寄せようと考えこむ佳乃に菜乃花が声をかけた。おそるおそる確かめるように、佳乃の顔を覗きこんで続ける。

「佳乃ちゃんも、小学生ぐらいの時にあけぼの町にいたよね。あけぼの山に行ったことはある?」
「あるけど、伊達くんと一緒にいたから……」

 確かにあけぼの山には行った。だがUFOは見ていない。あの場所で、佳乃が出会ったのは伊達享。あとはあけぼの山から帰った後、呪いがはじまったぐらいだ。

 しかし呪いのことをここで話すわけにはいかない。菜乃花や蘭香は幼い頃から呪いのことを話しているし、浮島にも知られているが、剣淵だけは呪いのことを知らないのだ。

 逃げるように蘭香へ合図を送る。蘭香は立ち上がり、剣淵に声をかけた。

「剣淵くん、図書室にあけぼの町の本があるから案内するわ。行きましょ」
「俺だけ? 他のやつは――」
「ぞろぞろと引き連れて歩きたくないもの。詳しい話も聞きたいし、剣淵くんともう少し話してみたいのよね」

 佳乃では真似できない大人の色気をたっぷり含ませて、蘭香が微笑む。気遣って剣淵を連れ出してくれるらしい。
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