うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
***
不運は続く。
「チェンジ」
それは佳乃たちがいた空き教室の隣。男子生徒は乱れた制服を整えながら、にたりと笑顔を張り付けて冷ややかに言い放つ。ブラウスのボタンをとめようとしていた女子生徒は、その言葉に首を傾げて振り返った。
「や、やだ紫音先輩ったら。チェンジって何のこと?」
聞き間違いだと信じたくて明るい声色で返す女子生徒だったが、男子生徒が向ける瞳の鋭さに顔がひきつっていく。
「チェンジの意味、わかる?」
男子生徒の名は浮島《うきしま》 紫音《しおん》。女子生徒よりも一年上の先輩である。彼は満面の笑みを浮かべながら、しかし射抜き殺しそうなほど鋭いまなざしで女子生徒を見下ろす。
つい先ほどまで腕の中にいた女子生徒がひどいショックを受けていても、浮島の心は揺れることがない。それどころか傷を抉るように追い打ちをかける。
「キミに飽きたってこと。これでサヨナラ」
女子生徒の体がびくりと震えて、それからすすり泣きが聞こえる。女の武器である泣き顔も浮島にとっては何ということもなく薄っぺらな笑顔のまま。
女子生徒も涙すれば浮島が優しくなると思っていたのだろう。涙がぽたぽたと床に落ちたところで表情一つ変えない浮島に、関係の終わりを悟った。
「さ、サイテー! 紫音先輩なんか嫌い!」
恨み文句を残して、女子生徒は教室を出て行く。
力任せに閉められたドアの音はひどく耳障りで教室の空気を震わせるものだったが、もう浮島の興味はなかった。女子生徒の姿を目で追うことすらしない。
一人になってしまった空き教室。浮島は汗でべたついた髪をかきあげた後、スマートフォンを取りだした。そして先ほど撮影した動画を確認する。
映っているのは放課後の空き教室に、二人の女子生徒。制服のリボンから二年生だろう。一人は机に突っ伏し、もう一人がそれをなぐさめているのだが、その動画が進んだところで叫び声が聞こえた。
スマートフォンから流れる叫びを聞いた浮島は、愉快だとばかりに声をあげて笑った。
「サイコー。こんなおもちゃが近くにいたなんて、もっと早く見つければよかった」
その動画は盗撮。女子生徒たちのただならぬ空気を感じた浮島は、スマートフォンで彼女たちの会話を録画していたのだ。
女子生徒のうち一人は二年女子でも美女で有名な北郷菜乃花だったため、弱みや情報を掴めば面白いことになるかもしれないと思ったのだ。それが、どうだ。蓋を開けてみれば、北郷菜乃花よりも面白い存在がいるではないか。
浮島は動画を巻き戻す。そしてもう一度、女子生徒の叫びを聞いた。
『嘘をつくたびにキスされる呪いなんて、勘弁してよ!』
女子生徒のことは知っている。北郷菜乃花と一緒に行動している、二年のタヌキ系女子だ。彼女でどのように楽しもうかと想像し、浮島の表情が恍惚に酔う。そして動画に映る新しいおもちゃを指でなぞって怪しげに囁いた。
「オレを楽しませてよ、三笠佳乃ちゃん」