うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-

 息を切らせながら生徒玄関前に戻ると、佳乃の姿があった。ちょこんとベンチに座っているのだが――その隣にいる人物に、剣淵は思わず息を呑んだ。

 伊達享だ。嫌がらせの犯人かもしれないと疑っている人物が、まさか目の前にいるなんて。佳乃を心配しているといった顔をしていることが気に入らない。どうせ困っている佳乃を見て楽しんでいるのだろう。

「あ、剣淵!」

 剣淵が戻ってきたことに気づいて佳乃が顔をあげたが、剣淵の視線は佳乃の足元に向かっていた。というのも佳乃が履いているのは剣淵が探していたローファーである。

「靴、あったのかよ」
「これね、伊達くんが見つけてくれたの。一階のごみ箱に入ってたんだって!」
「偶然だよ。さっきそこを通りがかったらごみ箱に靴が見えたから……」

 嘘だ、と気づいた。一階のごみ箱は剣淵も確認した。一階から順に見ていったのだ、おそらくは伊達より先だろう。
 女子生徒たちから聞いた話も合わせて、剣淵は確信を抱く。

 犯人は伊達だ。三笠佳乃を困らせ、苦しめたいがために嫌がらせをしている。日曜日に二人がデートをしたという噂を流したのも、きっと伊達だ。

 伊達の襟首を掴まえて数発は殴ってやりたい。それほど苛立っているのだが、出来ない理由はここに佳乃がいるからだ。
 憧れの王子様と話ができたことが嬉しいのか、先ほどよりも表情が柔らかい。自分が嫌がらせを受けても伊達のことを心配するようなやつなのだ。ここで伊達が犯人だと明かしても、佳乃は信じないだろう。

「……剣淵?」

 立ち尽くす剣淵に対し、佳乃が首を傾げる。

「どうしたのかな、剣淵くん。そろそろ僕たちは帰るよ。三笠さんの体調がよくないから僕が送っていくね」

 伊達と佳乃を近づけてしまえば、またしても佳乃が苦しむことになるかもしれない。二人三脚の時に味わった罪悪感、そして剣淵自身が苛立っていた。どういうわけか、佳乃の隣に伊達がいるだけで虫唾が走る。

 伊達が嫌いだ。人を苦しめて楽しむサディスト野郎。伊達と佳乃は幼い頃から知り合いだったという話も苛立つし、剣淵より優位だと示すように佳乃の隣に立っていることも許せない。佳乃とキスだってしたことないくせに、あいつの方が隣に相応しいなんて許せるものか。

「三笠、」

 剣淵は二人の間に割って入り、佳乃の腕を掴んで引き寄せて、あとは――先のことを考えながら一歩踏み出した瞬間、はたと気づく。


 なぜそこまで三笠佳乃を気にしてしまうのだろう。浮かんだ疑問に答えるように、いつかの浮島の言葉が蘇る。

『無意識のうちに三回もキスをしてしまうなんて、剣淵くんは佳乃ちゃんのことが好きなんだよ』

 その記憶は、剣淵がいま抱いている苛立ちに名前を与えた。

 佳乃が傷ついている姿を見たくないのも、助けてやりたいと思ってしまうのも、すべての行動に理由がつく。

 三笠佳乃が好きだ。

 頭の奥がぼうっとして操られているかのように唇を奪ってしまったのは、剣淵自身が気づかないだけで、佳乃に惚れていたからなのだろう。思えば家に人をあげたのは佳乃が初めてだったし、UFOの話をしようが真剣に耳を傾けてくれるのが嬉しかった。浮島や菜乃花といったUFO探しのメンバーが増えたのも佳乃のおかげで、そして佳乃と共に行動できることに安心していた。

「どうしたの、様子が変だけど……」

 ぼうっと立ち尽くす剣淵を不審に思ったのか、佳乃が不安そうに顔を覗きこむ。好意を自覚してしまったばかりでその目を合わすことができず、剣淵は顔をそむけた。

「いや、俺は――」
「行こう、三笠さん」

 言葉に詰まる剣淵を置いて、伊達が佳乃に声をかける。佳乃は何度も剣淵を気にして振り返っていたが、伊達と共に帰ってしまった。


 二人の姿が生徒玄関から消えたところで、壁にもたれかかる。それから壁を小さく叩いた。

 佳乃が好きだと気づいてしまったのだ。一度名前をつけてしまえば、その感情は膨れ上がって剣淵の心を占める。心臓は早鐘を打ち、佳乃を引き止めろと急かす。

「最悪なタイミングだろ……どんな顔してあいつに会えばいいんだよ……」

 しかし誰が引き止められるだろう。三笠佳乃には好きな男がいる。何が起きても疑わずに信じ続け、自らのことよりも彼のことを考えるほど。そこまで夢中になるほど、好きな男がいるのだ。

 好意を自覚したその日、剣淵は失恋した。
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