うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
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体調が悪かったということなど、とうに忘れていた。それは生徒玄関に伊達がやってきたことが嬉しかったからでも、靴が見つかったからでもない。その時の剣淵の様子がおかしかったからだ。
靴を探しに行く前と戻ってきてからでは随分と元気がなかったように見える。伊達と帰ろうとする佳乃に対して一歩を踏みこんだ時、引き止められるのかと思ったのだ。しかし佳乃の予想と反し、剣淵は何かを諦めたように切ない顔をして立ち尽くしていた。
何か、あったのだろうか。せっかく伊達と共に帰っているというのに頭の中はごちゃごちゃで王子様との下校を楽しむ余裕がない。剣淵の様子が気になってしまうから、めまいも頭痛も二の次だ。
伊達と別れて家に着いても、夕飯を食べても、お風呂に入っても。何をしていても剣淵のことを考えてしまう。
本人に声をかけるしかない、と決意してスマートフォンを握りしめたのは布団に入った頃だった。
もう寝ている頃かもしれない、明日の方がいいだろうか。しかしこのままでは眠れそうにないし、何かあったのなら今日中に聞いておきたい。
たった五文字のメッセージだったが、液晶を滑る指は震え、打ち込みが終わってもなかなか送信ができなかった。
『起きてる?』
チャット画面に表示されているのは剣淵の名前のみ。送信を終えてもスマートフォンが手放せず、穴が空きそうなほどじいと画面を見つめていた。
既読がついたのはすぐである。佳乃にとってはひどく長い時間のように感じたが、時計を見れば一分も経過していない。既読がついたということは起きていたのだろう。安堵しつつ、返事が届くのを待つ。これもまた佳乃にとっては長い時間だった。
『なんだよ』
簡潔な四文字だというのに、返事が届くのは既読が付くよりも遅かった。焦らされているような気持ちである。
佳乃から話しかけたというのに、何を送ればいいか迷ってしまう。メッセージを打ち込んでは消しを何度も繰り返し、ようやく書いたの感謝の言葉だった。
『今日の帰り、靴を探してくれてありがとう。嬉しかったよ』
『気にするな』
会話が途切れたかと思えば、続けてメッセージが届く。
『伊達と一緒に帰れてよかったな』
本当は伊達との下校を楽しむどころではなかったのだが、それは伝えなかった。
『ねえ、何かあった? 帰りに何か言いかけてたから気になったんだけど』
『何でもない。気にするな』
『私にできることがあったら言ってね。剣淵に感謝してるんだ。だから私も剣淵の力になれるよう頑張るから』
既読がついてもなかなか返事は戻ってこない。待ちくたびれて、追いかけるように再びメッセージを打ち込む。
『もしかして、寝るところだった?』
『いや。勉強してた』
なるほどと佳乃は頷く。剣淵の一人暮らしは成績上位が条件だと聞いた。そのために佳乃が家に来ても勉強をし続けるような男だ。期末試験が近いからと今日も遅くまで勉強をしているのだろう。
『本当は勉強なんてしたくもねーけど』
『今回の英語の範囲、広いよね』
『俺も英語はよくわからん。いまも解けなくて困ってる』
剣淵の力になりたいとは言ったが、これに関しては助けられそうにない。常に赤点スレスレ低空飛行の佳乃に対し、剣淵は成績上位者である。むしろこちらが教えてもらいたいほどだ。
そこでふと、頭に浮かんだ。いつもはテストが近くなると学年十番以内をキープする菜乃花に教えてもらっているのだが、その勉強会に剣淵も招いてはどうだろうか。浮島も呼べば、テスト勉強ついでに夏の打ち合わせができるかもしれない。
『ねえ。みんなで勉強会しようよ。菜乃花も浮島先輩も誘おう』
『場所は? 言っておくが俺の家はやめろよ』
『じゃあ――』
スマートフォンから目を離し、部屋をぐるりと見渡す。狭い部屋だが四人ならなんとかなるだろう。それに今度の休日なら両親も弟も出かけているはずだ。
『今度の休日、うちに来る?』
思いついたら勝手に指が動く。気づかぬうちに口元も緩んでいて、遠足前の子供のような高揚感だ。しばらく待っていると剣淵から返事が届いた。
『わかった』
簡潔な四文字だというのに、なんて楽しい気持ちになるだろう。そうと決まれば早速、佳乃は菜乃花と浮島にも声をかける。
そしてもう一つ。佳乃はある計画を立てていた。