うそつきす -嘘をついたらキスをされる呪い-
***
場所は駅前のレストランだった。佳乃が向かうと既に浮島と菜乃花。そして菜乃花の隣には初めて見る男の人が座っていた。彼は佳乃の姿を見るなり立ち上がり、お辞儀をする。
「はじめまして、八雲《やくも》史鷹《ふみたか》です。君が三笠佳乃ちゃんだね」
オカルトライターという肩書からお洒落なイメージを抱いていたのだが、目の前にいる男はそれとは程遠く、こげ茶色の髪はぼさぼさで分厚い眼鏡をかけ、着ているカーディガンも伸びきっていて毛玉がついていた。予想していなかった姿に驚きつつ、佳乃も頭を下げる。
「いやあ。噂に聞いていた呪われガールが目の前にいるなんて素晴らしいですね。感動だ」
「噂には……って菜乃花から聞いていたんですか?」
「ん? うーん、まあ、だいたいそんなところですね」
はは、と誤魔化すように八雲が笑う。そしてずり落ちそうになっていた眼鏡を指で押し上げ、コーヒーを一口すすった。
「できれば佳乃さんから当時の出来事を詳しく聞きたいところですが、今日はあまり時間がありませんから……まだ一人きていないようですが話をはじめましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「まず。佳乃さんの呪いについてですが、いままでに呪いが発動した時の嘘を覚えていますか?」
「えっと――」
八雲が用意したノートに、呪い発動時の嘘を書いていく。覚えている限りだがここ最近でいえば四回だ。
『天気が晴れていたのに、雨だと嘘をついた』
『忘れていなかったのに、忘れたと嘘をついた』
『呪われているのに、呪いなんてないと嘘をついた』
『小さい頃の夏休みを一緒に過ごしたのは伊達くんなのに、剣淵かもしれないと嘘をついた』
するとノートを覗きこんだ浮島がにやりと笑う。
「あれ。最後のやつ、オレは知らないなぁ」
「……うっ、み、見なかったことにしてください」
嘘をついたということはつまり佳乃は誰かとキスをしたということだ。気まずくなって佳乃が顔をそらすと、浮島は「別にいいけど」と拗ね気味に呟いた。
「でも、奏斗と佳乃ちゃんの夏の記憶が似ていたからねぇ。てっきり実は奏斗なんじゃないかなって思ってたんだけど」
「それがご覧の通り、呪いが発動しちゃったんです」
「じゃあ伊達くんが正解ってこと? 同じ時期に同じ町に、三人も揃ってたなんて奇跡~。世界はせまーい」
浮島が話し終えて背もたれにもたれかかると、今度は八雲が口を開く。
「……夏、ですか」
「何かわかりましたか?」
「いえ、ちょっと気になっただけです――ここに書いてある嘘の一覧、きっと共通点があるはずです。それを探した方が、呪いを解く繋がりにもなるでしょうし、佳乃さんの生活も楽になるはずです」
「なるほど……」
「それから呪いが発動してキスの相手となる条件も調べた方がいいかもしれませんね。ここに書いてあるのは、人間・豆腐・猫でしたがどうしてこれらが選ばれたのかも知っておいた方が後々役に立つでしょう」
それを聞いて浮島が吹きだして笑う。小声で「豆腐と猫っておいおい」と呟いているのが聞こえた。
「呪い、呪術とはオカルティックなものです。目に見えるものではないので、万人が信じるものではない。信じない人には見えないし、信じるものには見えるものです」
「は、はあ……」
「例えば。丑の刻参りをご存知ですか? 丑三つ時、深夜二時ぐらいに藁人形に釘を打ち付ける。それを七日間誰にも見られなければ呪いが成立するというやつです」
「それなら知っています。藁人形が五寸釘だらけになっちゃうかわいそうなやつですね」
佳乃が答えると八雲は「正解です」と頷いた。
「あれは藁人形を用いた呪術の儀式。これは目に見えるものですね。ですが目に見えない呪いというものもあります。これは何を使うと思いますか?」
佳乃は首を傾げた。救いを求めて菜乃花と浮島を見るが、二人も答えは浮かばないようだった。三人の様子を見た後、わずかな間をおいて再び八雲が口を開く。
「最もシンプルな答えは『記憶』です。よく言葉には力が宿るとか、言霊とか言うでしょう? 力強い言葉は記憶に焼き付くんですよ」
「ああ、それってわかるかも。オレもイヤなこと言われたら忘れられないし」
「ええ、僕もですよ。記憶に焼き付いてしまった人には『呪い』が見えるんです。佳乃さんが誰かとキスをしたとして、呪いが見える人は『呪いによるキスだ』と思うかもしれない。しかし呪いの見えない人は『ただのキスだ』としか判断できません」
これを聞いて真っ先に浮かんだのが剣淵だった。八雲の語る通り、剣淵は佳乃の呪いを知らないためキスをしてしまった理由が好意によるものだと考えている。
やはり剣淵にも早く呪いのことを明かさなければ。ずきりとまた胸の奥が痛んだ。
「おそらくですが、佳乃さんの記憶には『嘘をついてはいけない。嘘をついたらキスをされる』という言葉が焼き付いている」
「でも。史鷹さんの言う通りだとしたら、どうして佳乃ちゃんが嘘をつけば呪いの通りにキスをされてしまうの?」
「引き寄せの法則……いや、僕のわからない未知なるものが関係しているかもしれませんね。僕たちでは到底理解できないような、高度な世界の話かもしれません。いやいや、僕としてはそっちの方が探求心が疼くなあ。夢がありますね。未知なるものといえば最近僕が研究している宇宙の――」
そして眼鏡がずり落ちても気にせず、ぶつぶつと喋り続ける。
オタク魂を丸出しにして、未確認飛行物体だの宇宙人だの、アブダクションだのと不思議な単語が飛び出してくる。
どう答えたらいいか迷って菜乃花に助け船を求めると、菜乃花は呆れ顔で咳払いを一つし、八雲の暴走を止めた。
「その話はあとにしてくださいね、史鷹さん」
「あ、ああ! ごめんね、僕の悪い癖がでてしまったようだ」
場所は駅前のレストランだった。佳乃が向かうと既に浮島と菜乃花。そして菜乃花の隣には初めて見る男の人が座っていた。彼は佳乃の姿を見るなり立ち上がり、お辞儀をする。
「はじめまして、八雲《やくも》史鷹《ふみたか》です。君が三笠佳乃ちゃんだね」
オカルトライターという肩書からお洒落なイメージを抱いていたのだが、目の前にいる男はそれとは程遠く、こげ茶色の髪はぼさぼさで分厚い眼鏡をかけ、着ているカーディガンも伸びきっていて毛玉がついていた。予想していなかった姿に驚きつつ、佳乃も頭を下げる。
「いやあ。噂に聞いていた呪われガールが目の前にいるなんて素晴らしいですね。感動だ」
「噂には……って菜乃花から聞いていたんですか?」
「ん? うーん、まあ、だいたいそんなところですね」
はは、と誤魔化すように八雲が笑う。そしてずり落ちそうになっていた眼鏡を指で押し上げ、コーヒーを一口すすった。
「できれば佳乃さんから当時の出来事を詳しく聞きたいところですが、今日はあまり時間がありませんから……まだ一人きていないようですが話をはじめましょうか」
「はい、よろしくお願いします」
「まず。佳乃さんの呪いについてですが、いままでに呪いが発動した時の嘘を覚えていますか?」
「えっと――」
八雲が用意したノートに、呪い発動時の嘘を書いていく。覚えている限りだがここ最近でいえば四回だ。
『天気が晴れていたのに、雨だと嘘をついた』
『忘れていなかったのに、忘れたと嘘をついた』
『呪われているのに、呪いなんてないと嘘をついた』
『小さい頃の夏休みを一緒に過ごしたのは伊達くんなのに、剣淵かもしれないと嘘をついた』
するとノートを覗きこんだ浮島がにやりと笑う。
「あれ。最後のやつ、オレは知らないなぁ」
「……うっ、み、見なかったことにしてください」
嘘をついたということはつまり佳乃は誰かとキスをしたということだ。気まずくなって佳乃が顔をそらすと、浮島は「別にいいけど」と拗ね気味に呟いた。
「でも、奏斗と佳乃ちゃんの夏の記憶が似ていたからねぇ。てっきり実は奏斗なんじゃないかなって思ってたんだけど」
「それがご覧の通り、呪いが発動しちゃったんです」
「じゃあ伊達くんが正解ってこと? 同じ時期に同じ町に、三人も揃ってたなんて奇跡~。世界はせまーい」
浮島が話し終えて背もたれにもたれかかると、今度は八雲が口を開く。
「……夏、ですか」
「何かわかりましたか?」
「いえ、ちょっと気になっただけです――ここに書いてある嘘の一覧、きっと共通点があるはずです。それを探した方が、呪いを解く繋がりにもなるでしょうし、佳乃さんの生活も楽になるはずです」
「なるほど……」
「それから呪いが発動してキスの相手となる条件も調べた方がいいかもしれませんね。ここに書いてあるのは、人間・豆腐・猫でしたがどうしてこれらが選ばれたのかも知っておいた方が後々役に立つでしょう」
それを聞いて浮島が吹きだして笑う。小声で「豆腐と猫っておいおい」と呟いているのが聞こえた。
「呪い、呪術とはオカルティックなものです。目に見えるものではないので、万人が信じるものではない。信じない人には見えないし、信じるものには見えるものです」
「は、はあ……」
「例えば。丑の刻参りをご存知ですか? 丑三つ時、深夜二時ぐらいに藁人形に釘を打ち付ける。それを七日間誰にも見られなければ呪いが成立するというやつです」
「それなら知っています。藁人形が五寸釘だらけになっちゃうかわいそうなやつですね」
佳乃が答えると八雲は「正解です」と頷いた。
「あれは藁人形を用いた呪術の儀式。これは目に見えるものですね。ですが目に見えない呪いというものもあります。これは何を使うと思いますか?」
佳乃は首を傾げた。救いを求めて菜乃花と浮島を見るが、二人も答えは浮かばないようだった。三人の様子を見た後、わずかな間をおいて再び八雲が口を開く。
「最もシンプルな答えは『記憶』です。よく言葉には力が宿るとか、言霊とか言うでしょう? 力強い言葉は記憶に焼き付くんですよ」
「ああ、それってわかるかも。オレもイヤなこと言われたら忘れられないし」
「ええ、僕もですよ。記憶に焼き付いてしまった人には『呪い』が見えるんです。佳乃さんが誰かとキスをしたとして、呪いが見える人は『呪いによるキスだ』と思うかもしれない。しかし呪いの見えない人は『ただのキスだ』としか判断できません」
これを聞いて真っ先に浮かんだのが剣淵だった。八雲の語る通り、剣淵は佳乃の呪いを知らないためキスをしてしまった理由が好意によるものだと考えている。
やはり剣淵にも早く呪いのことを明かさなければ。ずきりとまた胸の奥が痛んだ。
「おそらくですが、佳乃さんの記憶には『嘘をついてはいけない。嘘をついたらキスをされる』という言葉が焼き付いている」
「でも。史鷹さんの言う通りだとしたら、どうして佳乃ちゃんが嘘をつけば呪いの通りにキスをされてしまうの?」
「引き寄せの法則……いや、僕のわからない未知なるものが関係しているかもしれませんね。僕たちでは到底理解できないような、高度な世界の話かもしれません。いやいや、僕としてはそっちの方が探求心が疼くなあ。夢がありますね。未知なるものといえば最近僕が研究している宇宙の――」
そして眼鏡がずり落ちても気にせず、ぶつぶつと喋り続ける。
オタク魂を丸出しにして、未確認飛行物体だの宇宙人だの、アブダクションだのと不思議な単語が飛び出してくる。
どう答えたらいいか迷って菜乃花に助け船を求めると、菜乃花は呆れ顔で咳払いを一つし、八雲の暴走を止めた。
「その話はあとにしてくださいね、史鷹さん」
「あ、ああ! ごめんね、僕の悪い癖がでてしまったようだ」