短編集
2両目に入ってすぐだった。
窓際に女の人らしき後ろ姿が見える。その隣の廊下側の座席がひとつ。
「(空いてるー!)」
そこだけにスポットライトが当たっているような気さえした。
ありがとう、と心のなかで何かに感謝しながら足早に歩く。せっかく見つけたのに、もたもたしている間に誰かに座られでもしたら最悪だ。
ガタガタと揺れる車両にも負けずに空席まで辿り着き、隣に座っているひとへ声を掛ける。
「すみません、隣いいですか」
正直焦っていて、掛けたその声は無愛想だったかもしれないし、冷たいものだったかもしれない。だけど、
――ふわり。
花が綻ぶように優しく微笑んだひと。長い黒髪が揺れて、そのひとは読んでいた小説へとすぐに視線を戻したけれど。
それを“どうぞ”の肯定と受け取り、何も言えず隣にすとんと腰をおろした。そのときに、彼女の揺れた髪の残り香が俺の鼻を掠めて。
言葉も無かったのに。
もう二度と会えないだろうひとに、心奪われたのは、俺だった。
**一目惚特急
(ドキドキと高鳴る胸の音を聞きながら、)
(特急電車は、次の目的地へと進んでく。)