短編集
story.9 楽園という名の地獄に
何時から此処に居たのか。何故、此処に居るのか。自身のホントウの名は、何だったか。
其れ等はもう、僕には関係の無いこと。
見上げた先にある女性(ヒト)の顔は、逆光で伺えない。只、途方もなく美しかった気がする。
柔く握られた掌から伝わる熱い鼓動が、ひどく心を落ち着かせたような、ざわつかせたような。自身のことだが、よく、憶えていない。
――ナいて、いるの?
甘美な声と共に、形の良い唇がゆうらり、動く。
――いっしょに、いく?
リップクリームを塗っただけだという、紅く妖しく存在するその三日月型が、やけに印象に残った。
其れだけは、僕の脳裏から永遠離れない。
――こわく、ないよ。
双眸を閉じる度に浮かぶ、あのあたたかな酸素。
差し出された無償のそれらは、僕がずうっと、ずうっと、求め続けてきたモノ。
縋って、攫んで、一度識ってしまったら、もう元の孤独には戻れない。
――さあ、おいで。
共に往く先に在るのは、楽園か地獄か。
其の答を識っているのは、きっと、貴方様だけ。
**楽園という名の地獄に
(嗚呼、)
(其処は楽園でも在り、地獄でも在るのだ。)
(何方にせよ、)
(地上には、二度と往けぬ。)
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空想アリア
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