短編集
「陽斗、大丈夫?」
「……うん」
「なによー、一気にしおらしくなっちゃって。じゃあ、私はさっき話し合った通りに動くからね?」
そろそろひなたの姉――"さくら"さんが帰ってくる頃だ。
みるみる言葉数も減り、あからさまに緊張している俺を見かねてひなたは肩をポンと叩いてくれる。
と、その時だった。
「ただいまー」
玄関でバタリ、大仰な扉の音が鳴った直後。
一度しか聞いたことの無かった、高めの鈴を転がすような声音が彼女の帰宅を告げる。
来た!と、勢いよく立ち上がったひなた。
座り込んだままおろおろと狼狽する俺を見るなり、手を引き強制的に腰を上げさせる。
そして「おかえり、お姉ちゃん」と口にしながらも、俺の手を引き階段を降りてゆく。
慌てて持ち上げる視線。そしてかち合う其れ。
俺の存在にさくらさんが気付いてくれた。その事実だけで、天にも昇ってしまいそうな心持ちだった。