裏通りランコントル
わたしを目に留めた一瞬、その切れ長の目が見開かれた気がしたがすぐに困ったように眉を寄せた。
「お前、また迷ったのか。」
溜め息混じりの呆れたような口振りだったが、知った顔に出会えてたわたしはそれにさえひどく安心した。
「困った猫だ。」
おいで、と。
少し笑った彼は、わたしを誘う。
緩やかな動作で差し出された彼の武骨な左手。
揺れる黒髪と踊るように繊細な雪が舞う。
鈍色の羽織を翻し、右手に持った赤い番傘をくるりと一回しした。
オリとは違った雅やかな様に釣られて思わず手をとった。
息ができる。
そう、わたしはこうやって深く息がしたかった。
「手が冷たいな」
確かに、わたしの手が収まるほどの大きな彼の手は温かい。
節くれ立った指が存在を確かめるようにやさしくなぞる。
力を込められると、さらにぽかぽかと温かく感じた。
「一体どこから来たんだ」
不思議そうに首を傾げて問う彼に、わたしは通ってきた小道を指差した。
そんなところから?とでも言うようにギョッとした表情をして、後で別の道を教えてやる、と。
危ないからこんなところは通るな、と。
矢継ぎ早に言う彼は、もしかしてわたしを心配してくれているのだろうか。