裏通りランコントル
「寒いだろう。屋敷は暖かい」
ぶるりと大袈裟に身体を震わせる彼。
わたしからすれば、羽織を着ただけのその着物姿のほうがよっぽど寒いと思うのだが。
多分、彼が寒いだけなんだろう。
寒いから早く歩けと言わんばかりにわたしの手を強く引くから。
「もう迷うなと言ったはずなのに」
――本当に困った猫だ。
時折こちらを振り向いて、存在を確認してはそう呟く。
瞳を少し細めて、口許は緩やかな弧を描いていた。
困ったと言う割にその様子は窺い知れず、むしろこの状況を愉しんでいるようだった。嫌な気分ではなかった。
少しだけ、指先に力を込める。
本当に少し力を込めただけだったから、この寒さできっとかじかんでいるだろう彼は気づかないだろう。
そう思った瞬間、握られた部分の温度が上がった気がした。
わたしの手がすでにかじかんでいたから、握り返されたなんて勘違いかもしれないけれど。
ちらりと盗み見た彼はやっぱりどこか愉しそうに見えた。