裏通りランコントル
なんでだろう?
このひとはわたしを少しおかしな気持ちにさせる。
自身の頬にそっと手を添えるとなぜだか少しだけ火照っていたような気がした。
わたしの様子に、エンは頭上にたくさんのハテナマークを浮かべながら首を捻(ひね)る。
それから「まあいいか」と言いたげに溜息を吐いて椅子にさらに深く座り、ゆるりと袖に手を入れ腕組みをすると、思い出したように口を開いた。
「お前、」――エンがそう言いかけたとき。
ピリリリリリ、と。どこからか軽快な音が鳴る。
突如聞こえたそれに誰も口を開けず、しばらくその音だけがこの広い客間に鳴り響いた。
なお鳴る音にしびれを切らしたのはエンで、「あー」と言いながら頭をガシガシと掻いた。
小さな舌打ちのようなものが聞こえたけれど、気のせいということにしておこう。
「―――…はい。」
聞いたことのない、凛とした声が聞こえた。
「場所を移動するから少し待ってくれ」
その声の主は、間違いない。エンだ。
このひとはこんな声も出せるのか、と。
携帯を耳に当てパタパタとスリッパを鳴らし、客間から出て行くその大きな背中をじっと見つめた。
電話の相手は誰なんだろう。
――わたしは聞いたことがないその声を、誰に聞かせているの。