裏通りランコントル



「っと」



先客がいたのか、と。
驚いたような、それでいて残念そうな声がわたしの背中にかかる。

その声を辿るように振り向いた先には、紺色の着物に深緑色の帯、グレーの羽織を身に付けた人が、先程わたしが入ってきた客間の入り口に立っていた。


目が合うと黒髪をさらりと揺らして、困ったように首を傾げる。
目元を覆っている長い前髪から覗く瞳は、色素が薄いのか茶色かった。

左脇には分厚い本を挟んでいて、右手にはペンを一本。それを器用に指先でくるくると遊んでいた。


わたしの訝しげな視線に気づいたのか、その人はふと回していたペンを止めた。
そしてそのまま自身のこめかみに当て、何かを考えるような仕草をする。



「お待たせしました」



そんな時。
お茶を用意すると言ってどこかへ消えていったスーツの男性が長方形のトレーを持って戻ってきた。

トレーの上には白いティーポットとソーサーに乗ったカップがふたつ。それにシュガーポットも乗っているようだった。



「おや、いらっしゃったのですか」



それはわたしにではなく、先程現れた着物姿の彼に言っているようだった。

ちょうどよかった、と持ってきたトレーをガラステーブルに置いた。
いそいそとカップをふたつ並べると、それにティーポットを傾け零さぬようゆっくり丁寧に注いでゆく。

その一連の流れは優雅で洗練されており、男性に使うのは変かもしれないがとても美しかった。


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