裏通りランコントル
「そうか。わかった」
わたしとスーツの男性の一通りを横目で見ていた着物姿の彼は、持っていたカップをテーブルにあるソーサーに乗せ、突然何かを閃いたように声を発した。
何がわかったのだろう?
不思議に思い顔を向けると、彼はずいっと遠慮なしに近づいてきた。
かと思えばまじまじとわたしを観察する。
そんな彼との距離があまりにも近くて、わたしは少したじろぐ。
今にも互いの息がかかってしまいそうだ。
そう思ってわたしはたまらず息を止めた。
「野良猫か」
まったく見当違いのその答えにわたしは目を丸くした。
スーツの男性は可笑しそうに笑うと「いいえ、この方は迷い猫です」とクスクス言う。
「迷い猫ォ?」
「はい。屋敷の前で寂しそうに鳴いておりました」
着物姿の彼は曖昧な表情を浮かべたままふうんと相槌を打つ。
そしてまたこちらに顔を近づけてじいっと見てくるもんだから、わたしも負けじと見つめ返した。
「まるで俺を威嚇しているようだな」
「そうですね」
「オリが野良を飼い慣らしている途中かと思ったんだが」
「野良猫とは少し違いますね」
「まるでご主人様を探しているようでした」と穏やかに話すオリ、と呼ばれたスーツの男性に「そうか」と彼は今度は興味がなさそうに短く呟いた。
テンポよく進む会話。
それでもまだ、彼とわたしの視線は絡まったままだった。
わたしのすべてを見透かしてしまいそう。
その真っ直ぐで刺すような色素の薄い栗色の瞳が少し怖くて、わたしは身体をぶるりと震わせた。