サイドキック
婚約する相手と会うのは今日が初めてのことで。
その相手というのは、先ほど記者の人たちが口にしていた通り近年注視されている企業の御曹司に他ならない。
写真は見ていない。
母が部屋に持ってきてはいたけれど、それに目を通したところで結果は変わらない。
決意なんてとうの昔に済ませてある。
私は今日会う男に対し、一生仮面を被って接し生きていく。
"大人しい令嬢"の振りなんて今更造作無いことだから。
「――――……き、か」
「結城様?」
「、すみません」
いつの間にか背後に控えていた女性が私の独白に首を傾げていた。
それに苦笑にも似た笑みを返した私は、直ぐに準備に取り掛かるべく腰を据えた。
………――好き、なんて今更。
今でも脳裏を占拠するのはあのミルクティー色。
一年の歳月を経ていく内に、幾ら鈍感な私でも気が付いた。
会わない間でさえもムスクの柔な香りが鼻腔を掠めていた。
一度覚えてしまった唇の感覚は、どんなに月日を跨いでも忘れることが出来なくて。
尋常じゃ無いほどに鼓動していた心臓は、私のあの男に対する気持ちの明確な裏付けだった。