サイドキック
それを見て眉根を寄せそうになったところで、何とか自分を抑え込む。
今日は髪をアップにして額を出している所為で、些細な表情でさえ顔面にはっきりと表れてしまうから。
「香弥様、こちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
私の指先に触れるように壇上のステージまでエスコートしてくれる男性。
心の底からでは無いけれど当たり障りのない笑みを浮かべて感謝の言葉を口にすれば、瞬時にその頬に迸った紅からそっと視線を逸らした。
カツン、ヒールを鳴らして指示されたステージの段差を上っていく。
既にステージに立っているのは今日私が婚約する相手である男性だろう。
チャコールグレイのフォーマルスーツに身を包むその人は此方に背を向けているため、その姿を確認することは出来ないけれど。
突出した形で会場の中央に設けられたステージ。
至る所にあるライトの放つ光が向きを変えてそこを照らし出し、浮かび上がるように誇張されたその場所はまるで異世界のように感じられた。
段差を全て上り切った私は、掴んでいたワンピースの裾から手を放す。
そして脚を休めることなく注視される場所へと向かう。
――――カツン、カツン、カツン
水を打ったように静まり返った場内に、私の履くヒールの音だけが響き渡っていく。